宿泊施設の需要が高まる2020年を前に、飲食業界など異業種からの参入も増えているホテル業界(関連記事「カフェ・カンパニー初のホテルはコミュニティー」)。そんななか、ウエディングプロデュース大手のテイクアンド ギヴ・ニーズ(以下、T&G)がグループ会社TRUNK(東京都港区)を設立し、ホテル事業に参入。その最初のホテル「TRUNK(HOTEL)(以下、トランクホテル)」が2017年5月13日、渋谷にオープンした。地上4階、地下1階建てで客室数は全15室、宿泊収容人数60~70人と小規模だが、宿泊によって社会貢献の新しいスタイルが体験できる、日本初の“ソーシャライジングホテル”だという。
T&Gといえば、年間に約1万8000組以上の結婚式をプロデュースし、挙式施行数が日本一というブライダル最大手。一軒家を貸し切って行う西欧風のゲストハウスウェディングのブームを起こし、会社設立からわずか3年で株式上場を果たしたことでも知られている。そのT&Gが仕掛ける、日本初の“ソーシャライジングホテル”とは、これまでのホテルとどう違うのか。オープン直前の内覧会に足を運んだ。
ホテル内で見るもの、触れるもの、口にするもの、全てが社会貢献
ホテルがあるのは、渋谷駅から徒歩数分の宮下公園の先。2017年4月28日にオープンしたばかりの「渋谷キャスト」よりやや青山寄りにある(関連記事「新施設「渋谷キャスト」は個性派おしゃれグルメに注目」)。
ホテル内を一巡し、「今までのどんなホテルとも違う」と痛感したのは、ホテル内のあらゆる物が“社会貢献”という視点で作られていること。一例を挙げると、ホテル内で使用するマグは、全国から回収した食器類を粉砕し、坏土(陶磁器の生地)として再生させたもの。ルームサンダルは、サンダル工場で出た端材ゴムをリサイクルしたもの。室内のジュエリーボックスはこれまで捨てられていたB級レザーを使用し、渋谷を起点に活躍するデザイナーと渋谷区の福祉作業所の人々と製作したコラボアイテム。ロビーに飾られているアート作品の一部は障がいを持つアーティストの作品だという。
これまで、部分的にさりげなくそうした製品を採用しているホテルはあったが、これほど徹底的に、しかも前面にそのポリシーを打ち出したホテルはなく、確かに日本初の“ソーシャライジングホテル”だと納得。だがなぜ、こうしたホテルを作ったのか。
「リーマンショック以降、世界的に“豊かさ”のイメージが大きく変わった。高級品を持つことよりも、人のため、社会のためになることをすることに幸せを感じ、価値を見出す人が増えている。日本では特に3.11以降、社会貢献に対する関心が高まっているが、被災地の応援としてできることは限られており、86%の人が『社会貢献をしたい』と考えながらも、6%程度しか実行していないというデータもある。社会貢献に対してどうアクションしていいか分からない多くの人に、多様な貢献のスタイルを提示することが、今、企業の使命として求められていると考えた」と、TRUNKの社長を兼務するT&Gの野尻佳孝会長はいう。
第4段落、初出では「T&Gの野尻佳孝社長」としておりましたが、正しくは「T&Gの野尻佳孝会長」でした。お詫びして訂正いたします。[2017/5/18 14:30]
スイートルームなのに、ホステルのような二段ベッド?
同ホテルでもうひとつ驚いたのが、客室のユニークさと多様さ。スイートルームなのにホステルのような二段ベッド風のロフトがあったり、高級住宅のようなキッチンとダイニングルームが備え付けられた部屋があったりと、見たことがないユニークな部屋が多かった。特に印象に残ったのが、開放感のある広いベランダのある部屋が多いこと。高層ホテルはベランダに出られない構造がほとんどだが、同ホテルは4階建ての低層建築なのでそれを生かしたのだろう。周囲に建物も低層で緑が多く、渋谷駅から徒歩数分とは思えないリゾート感があった。
ここ数年、“個性派ルーム”を売りにしたホテルは増加している(関連記事「東京駅徒歩4分「コートヤード・バイ・マリオット」を解剖! ウリは“クリエイターの部屋”!?」 「ホテルの“超個性派ルーム”が人気! 相撲、男の隠れ家、ベッドに鯉!?」)。急増中のホステルも多様化が目立つが、チェーン展開しているラグジュアリーホテルはあいかわらず、画一的な傾向が強い。
「世界的に海外旅行ブームが起こったのが40年ほど前。ほとんどの旅行好きの人が行きたい国を一巡し、旅行の目的が変わってきている。世界中のホテルがそれに合わせて多様化しているのに、日本はその流れから外れている唯一の国。海外の富裕層の友人たちが『東京は面白い街だが、泊まりたいような面白いホテルが一軒もない』と嘆くのをよく耳にし、自分が東京で一番面白いホテルを作ろうと考えた」(野尻社長)という。
野尻社長が考える日本のホテルの大きな問題点は、ADR(平均客室単価)の安さ。それによって「ホテルは儲からない」のが定説になっていて、業界全体が設備投資に消極的なのだという。「1998年にT&Gがウエデイング業界に参入する前も、業界は似たような硬直状態だった。しかしハウスウエディングのブームを起こしたことで、当時平均200万円前後だった結婚式費用が、今では380万円にまでアップした。その結果、賃金も平均1.5倍になり、優秀で意欲的な人材が多く集まり、業界全体が活性化している」(野尻社長)。ウエデイング業界は少子化によって成長に限界が見えてきている一方、ホテル業界にはT&G創立当時と同じ空気を感じているという。「世界中の富裕層の1%をターゲットにしても相当な需要がある」と自信をのぞかせた。
しかし疑問なのが、部屋数15に対し、広大なバンケットルームが4つもあること。これではまるで、“宿泊もできる結婚式場”のように思えるのだが……。その点を野尻社長に問うと、意外な答えが返ってきた。
部屋数が少ない原因は「区のラブホテル建築規制条例」?
野尻社長によると、渋谷区にはラブホテル建築規制条例があり、「ユニットバスを備えた18平米以下の一人部屋の床面積の合計が全客室の床面積の合計の3分の1以上」という項目を満たしてないとラブホテルとみなされるという。この項目を満たそうとすると、シングルルームばかりのビジネスホテル仕様にするか、客室数を減らすかの2択しかなかったわけだ。
そこで、シングルベッドは通常のホテルより大きめのサイズを採用し、スタンダードルームでも部屋の広さをゆったりとって、一つひとつの部屋に変化をつけた。「客室数を少なくしたことで全ての部屋に違う仕掛けをつくることができ、多様性のある客室作りができた」(野尻社長)。今後は5年以内に同じコンセプトのホテルを何軒か展開する予定で、100室以上になる可能性もあるとのこと。ビザ取得を積極的にサポートして外国人の雇用を増やしたり、シルバー層の雇用も増やしたりなど、雇用面での“多様性”も進めていきたいという。
(文/桑原恵美子)
第1段落、初出では「渋谷区では一般的なホテルとラブホテルを明確に区分するため、『ダブルベッドを備えた客室は総客室数の5分の1以下にする』という条例がある」としておりましたが、「渋谷区にはラブホテル建築規制条例があり、『ユニットバスを備えた18平方メートル以下の一人部屋の床面積の合計が全客室の床面積の合計の3分の1以上』という項目を満たしてないとラブホテルとみなされる」に変更いたしました。[2017/5/18 14:20]