2018年2月9日、渋谷のパルコパート2跡地にファッションと音楽、飲食、宿泊を軸とした複合店舗「ホテルコエ トーキョー」がオープンした。運営するのは「アースミュージック&エコロジー」などを展開するアパレル企業・ストライプインターナショナル。同社のブランド「コエ」のグローバル旗艦店で、同社が本格的なレストランとホテルを運営するのは初めてとなる。
ファッション関連企業が展開するホテルといえば、良品計画が中国で手がけた「MUJI HOTEL」があるが、ホテル運営までは手がけていない。「ホテルコエ」のように日本国内でアパレルが直営するホテルは、ほかに類を見ないのが現状だ。
そこで、アパレルショップに併設されたホテルの狙いを確かめるべく、オープンしたばかりの「ホテルコエ」に宿泊してきた。
大階段が印象的な開放感のあるエントランスフロア
「ホテルコエ トーキョー」はJR渋谷駅から徒歩約8分。渋谷公園通りに面した交差点の角地に建ち、その南側では渋谷パルコの建て替え工事が行われている。新築ビルの1~3階を使った3フロア構造で、渋谷の街を映し出す全面ガラス張りの外観が印象的だ。
エントランスの扉を開けると、自然光を取り入れた開放感あふれる空間が広がる。左手に、ベーカリー&ダイニング「コエ ロビー」、右手にホテルのレセプション、その奥には音楽イベントやポップアップショップを展開する「コエ スペース」がある。1階フロアでかなりの面積を占めているのが、同店を象徴するような大階段だ。大階段は、単に2階とつなぐ機能というだけでなく、夜には音楽イベントの観客席になったり、自由に座ってフレンチトースト片手にコーヒーを飲んだりできるという。
「コエ スペース」ではオープン当初、米国人デザイナー、トム・ブラウンとのコラボ商品のポップアップショップを展開。「コエ ロビー」でランチを食べ、15時にホテルにチェックインした。
ランチのいち押しは、ベトナムのフォー風にさっぱり仕上げたラーメンと点心のセット。塩味の効いたブイヨンベースのスープに細麺がしっかり絡まり、ボリュームも満点だ。メニューを見ると、エビグラタンとコロッケのセットやメンチカツと明太子茶漬けのセットなどなじみのある洋食メニューが多い。ディナーには卵焼きや枝豆、しめさばなど居酒屋メニューも。外国人客にも好まれそうな料理がそろっているうえ、仕事帰りに1人で来ても、友だちと来ても気軽に食事を楽しめそうだ。
心地良く眠ることを重視して狭くて薄暗い客室に
1階レセプションでチェックイン後、フロア奥の専用エレベーターで3階のホテルフロアへ。扉が開くと今度は、渋谷の町の喧騒を一瞬でかき消すような静寂の時間が流れていた。客室までのポーターサービスはないが、レセプションから連絡を受けたラウンジスタッフが出迎えてくれる。
客室は、洋服のサイズ表示と同じ「XL」「L」「M」「S」の4タイプ、全10室。XLが100平方メートルと最も広く、室内に離れをイメージした畳の部屋を設け、4人まで泊まれる仕様になっている。内装は全室、茶室をイメージしたミニマムモダンなデザインでスタイリッシュな印象だ。ただ、黒とグレーを基調に、照明もトーンダウンしているのでやや薄暗い。
筆者は、7室ある17~18平方メートルの「Sタイプ」を予約。一番狭いSタイプは、バスタブがなくシャワールームのみだが、頭からたっぷりの湯を浴びられるオーバーヘッドシャワーが設置されている。ふだんホテルの湯船に浸からない筆者にとっては、ぜいたく感を味わえるこのシャワーのほうが実はうれしい。
ベッドのマットレスは皇室御用達、日本ベッドのシルキーシリーズを採用。シーツも5つ星ホテルと同じランクの最上級のものを使用しているという。最適な硬さのマットレスと想像以上に暖かい羽毛掛け布団のおかげで、体を包み込まれるような心地良さを味わえ、目を閉じたとたんに眠ってしまった。
目が覚めたときに思ったのは、「狭くて薄暗い」と感じた客室が意外と広く感じられたこと。シャワー室がガラス張りなうえ、小上がりのベッドが低いので、横になると十分な広さがある。また、薄暗いほうが眠りに入りやすい。最低限必要な広さの空間と設備にとどめ、その代わりにベッドやアメニティ、タオル、パジャマの素材にこだわっているという印象だった。
客室には無料で無制限に通話と通信ができるレンタルスマホ「ハンディ」を装備。操作方法が少し分かりにくかったが、ホテルフロントにワンプッシュでつながるうえ、外への持ち出しも可能なので使い方次第で便利なツールとなりそう。
スタッフとのフレンドリーな会話が楽しいホテルラウンジ
客室が狭いぶん、サービスを充実させたのがプライベートラウンジ。客室と同様に茶室をイメージしたスタイリッシュな空間で、離れのような感覚で利用できる。15時から17時までは抹茶のウエルカムドリンクが提供され、21時まではワインやコーヒー、スナック菓子などが無料。ラウンジは21時から深夜1時まで有料のバーに変わるが、ドリンクとスナックの無料サービスは別の場所で深夜1時まで提供される。
とりわけ印象に残ったのが、ラウンジスタッフのフレンドリーで心のこもった接客だ。ラウンジではパソコンを持ち込んで仕事をすることも可能だが、若いスタッフとの会話が楽しく、あっという間に時間が経ってしまった。
スタッフはホテルやアパレルショップでの接客経験者ばかりで、台湾人、中国人、ロシア人のほか、ネイティブに近い英語を話せる日本人が応対。今回、ラウンジで接客してくれたのは、20代や30歳そこそこの若いスタッフたちだったが、会話力に加えてホスピタリティの高さに感心した。ホテルスタッフなら当たり前かもしれないが、わずか10室のこじんまりとしたブティックホテルだからこそ味わえる心地良さなのだと思う。そのせいか、ひとり旅でやや緊張していたが、すっかりリラックスでき、滞在中、満喫できた。
ホテル以外のフロアも23時まで営業しているので、2階でトムブラウンのコラボ商品をゆっくり試着し、セルフレジでの決済を体験。20時から始まったゲストミュージシャンによるライブの様子ものぞいてみた。そして、翌朝は、1階「コエ ロビー」の無料パンブッフェへ。パンは日替わりで5種類用意。ふっくら焼けるバルミューダのトースターを使えるのも、新しい体験のひとつといえる。
宿泊料金は通常3万6000円~と広さのわりに高めに設定されている印象だが、デザイン性やラウンジのサービスなど付加価値を考慮すれば、決して高くはないと感じた。
コエ事業部クリエイティブディレクターの篠永奈緒美氏によると、「アパレルショップに暮らす(泊まる)という発想から生まれた」という。設計デザインを担当したのも、話題を呼んだ“泊まれる本屋”を手がけたサポーズデザインオフィス。ホテルコエでは、アパレルの売り場で泊まるわけではないが、ラグジュアリーホテルにも負けない上質感とホスピタリティを体験しつつ、音楽と食事と買い物をひと晩で楽しめる。
同社の石川康晴社長兼CEOは「ホテルを手がける狙いは滞在時間を延ばし、物販・飲食の客単価を上げるため。コンテンツを増やすことで顧客との関係性を強められる」と狙いを語る。和の要素を取り入れたのも、海外進出を視野に入れてのこと。従来のホテルにはなかった新しい滞在スタイルは、好奇心旺盛な外国人観光客からもきっと注目を集めるだろう。
(文・写真/橋長初代)