――今年8月に刷新した和歌山電鉄貴志川線の終着駅「貴志駅」の駅舎(通称「たま駅舎」)でも伝統工芸をあらゆるところに使っているが、この狙いは。

水戸岡:和歌山電鉄貴志川線の再生で意識したのは、わずか14km程度の沿線全体を、まるでディズニーランドのような「ワンダーランド」にすること。楽しい駅を造り、楽しい電車を走らせ、楽しいイベントが起こるようになれば、必ず乗客は増えると思った。

 そうした思いを込めて、06年には沿線の特産物であるイチゴをテーマとした「いちご電車」、07年にはカプセルトイなどを備える「おもちゃ電車」、09年には貴志駅の名物“駅長”のネコ、たまをテーマとした「たま電車」をデザインしてきた。

 そして今年8月には、貴志駅の駅舎自体を、「たま駅長」がテーマのワンダーランドにした。終着駅は、実は沿線のなかでも最も大切な役割を果たす。終着駅が魅力的でないと、乗客が来てくれないからだ。「とんでもないすごい駅舎だ」と話題になるほどの施設を造ろうと思い、あらゆる部分で工夫を施している。

 最も印象的なのが屋根だろう。「たま駅舎」の屋根は桧皮葺き(ひわだぶき)を採用したが、これは特に手間ひまがかかる工法。日本に古くからある伝統的な工法なのだが、神社仏閣や一部の茶室でしか使われていない。今回は、地元の桧皮葺き職人の協力が得られ、本来ならば非常に値の張るところを、比較的安く造ってもらうことができた。

 貴志駅では屋根以外でも、“本物”しか使っていない。駅のホームにある3つのお社「ねこ」「おもちゃ」「いちご」は、薩摩藩主で猫神神社を建立した島津家に代々伝わるケヤキで鹿児島の船大工職人が製作したし、金箔や有田焼、照明に付くステンドグラスのガラスなども、貴志駅のためだけに、オリジナルで造ってもらったもの。既製品は一切なく、1つずつ図面を描いて製作されている。

 ここまでこだわるのは、本当に良いものを使っていれば、一般の人でも、理屈なしに何となく良いものだと肌で感じられるからだ。自分たちが今まで使ってきた公共施設とは異なり、ある一流のレベル以上の職人が手間ひまをかけて造ったものを良いと感じる空間になる。

 かつて、多くの人が集まる駅などの公共の場所は、その時代の最先端で最高のものが飾られていた。だが今や合理化が進み、駅は商業だけの場となり、文化的なものがない。もちろん商業も重要だが、そのうえで文化性を高め、特に子供たちに日本古来の伝統的なものや最先端のものに触れてもらいたいと思っている。

8月にリニューアルされた和歌山電鉄貴志川線貴志駅の「たま駅舎」。ステンドグラスの目が光り、耳などもあるネコ形の駅舎だ(画像クリックで拡大)

船大工職人が製作したお社は駅ホームにある。待合室にはたま駅長に関連するショーケースなどが飾られ、「たまミュージアム」として十分に見ごたえがある(画像クリックで拡大)

時計や時刻表、床のタイルなど、全てがたま駅長一色。これらは全て、水戸岡氏の考え方に賛同した一流の職人がオリジナルで製作したものだ(画像クリックで拡大)

09年に導入された「たま電車」に乗るために訪れるファンも多い(画像クリックで拡大)