失敗を重ねて

 初めは小麦粉をこねて蒸した麺を、揚げるのではなく乾燥させた。乾燥させるとポロポロになってとても麺とは言えなかった。おいしくするためにいろいろな味を練り込んだが、乾燥するとぶつぶつに切れてしまう。最後の最後、チキン味を染み込ませてみたら、おいしかった。「ブツブツポロポロにさえならなければ、商品になる。どうすればいいんだろう? ある日、奥さんが天ぷらを揚げているのを見て、ピンときました。『ちょっと貸してごらん』と自分で天ぷらを揚げながら、蒸した麺を、油で揚げたらどうなる? と考えたのだそうです」(広報部・青木淳氏)

 出来た。油を切って、お湯をかけるとラーメンになった。

 揚げ油の温度、揚げる時間、麺の太さ、油を切る時間……それからまだまだ研究は続いたが、それは安藤氏にとって苦労ではなく、喜びであった。安藤氏が目指したのは、安くて、おいしくて、安全で、簡単に調理でき、常温で長期間保存できるインスタントラーメンだった。やがて安藤氏は、それらをすべて満たす商品を開発。そうして売り出されたのは、35円のチキンラーメンだった。売り出してみれば、まさに飛ぶように売れた。

 ほかのメーカーも味付けラーメンの後を追った。 1959年には「エースコックの完全味付即席ラーメン」、1960年1月明星から「明星味付ラーメン」、1961年4月東洋水産から「ラーメン(味つき)」、1963年4月サンヨー食品から「ピヨピヨラーメン」、と続々と登場した。1961年になると、参加メーカー数は100を超えた。当時、「チキンラーメン」の名称をそのまま使用しているメーカーが多く、なかには意匠までほとんど同じものがあった(『日本が生んだインスタントラーメンのすべて』日本食糧新聞社刊から)。日清食品は警告書を送って使用中止を求めたりしたが、最終的に訴訟にもなり、「チキンラーメンは普通名詞ではない」とされ、日清食品しか使えない名称になった。他社商品も含め当時のインスタントラーメンは、いずれも麺自体に味が付いている商品だった。だが、やがて、各メーカーとも、スープ別添で、鍋で煮ながら味を付ける商品に切り替えていく。

明星味付ラーメン85g。1960年(昭和35年)1月発売(画像クリックで拡大)

サンヨー食品「ピヨピヨラーメン」(画像クリックで拡大)

エースコックの完全味付即席ラーメン(画像クリックで拡大)