運命的な出会いから生まれたデビュー曲

 転機が訪れたのは、2004年。それまではカバー曲を歌っていた秋元順子は、この年、デビューのきっかけとなるオリジナル曲と出会う。彼女の低くてハスキーな歌声にほれこんだ作詞・作曲家の星桂三氏が、自作の「マディソン郡の恋」を提供したのだ。さらに星氏は、のちに「愛のままで…」の作詞・作曲・編曲を手がけることになる花岡優平氏を紹介。大泉逸郎の「孫」の編曲で知られる花岡氏は、「マディソン郡の恋」の編曲を引き受けた。

 こうした運命的な出会いで完成した「マディソン郡の恋」は、当初は限定2000枚の自主制作盤として発売された。手売りで地道に販売していたが、有線放送で反響を呼び、「誰の曲?」という問い合わせが殺到。2006年にメジャーレコード会社のキングレコードから改めてリリースされ、デビューに至った。

 演歌でもJ-POPでもなく、大人の耳にも耐えるシャンソン、ラテン、カンツォーネ…などを取り入れた、耳になじむ歌謡曲。秋元順子の持ち歌は、実は中高年層、かつて若いころにはグループサウンズやビートルズ、70年代の歌謡曲黄金時代を経験してきた層が、待ち望んでいたものだった。