―どれもディランの代表作になるようないいアルバムですよね。

みうら でも、まだ付いて行けないアルバムも何枚かあるって感じなんですが。ちょうど初来日したときは『ストリート・リーガル』っていうアルバムが出てましたけど、分かんなかったですね、正直。ディランが初来日したとき僕は19歳で、上京して武道館でライブを見ましたけど、分かんなかったですね、あれも。1曲目がなんだかも分かんなかった。アレンジしてあったし、オーケストラ風な演奏だったし。その何カ月か前には『ローリング・サンダー・レビュー』っていう、とってもパンキッシュなライブをやっていたのにね。何カ月か後に来日したら、あんな白いスーツの上下着て、え~って思いましたけどね。でも、真心ブラザーズのYO-KINGは武道館で初めてディランを聴いたんだけど、それが一番好きだって言ってた。

―人それぞれ、世代によっても好きになる曲やアルバムは違いますね。

みうら ディランへの入り口はいろんなところにあるからね。一概にどこが入り口かが分からないのが、ずーっと好きになり続ける原因でもあるしね。それに、ディランは常に変わっちゃっうから。映画の『アイム・ノット・ゼア』っていうタイトル通り、好きになったときはディランはもうそこにいない。だから、この監督も6人の俳優を使ってますよね。ボブ・ディランの中には6人の違ったキャラクターがいて、混在してるみたいな解釈の映画だったと思いますけど、もっといるかもしれない。それはその監督さんの解釈の仕方。逆に言うと、ディランはとても「ナチュラル」なことをしてきた人なんじゃないかと思うんですけど。

―「ナチュラル」というのは?

みうら 自分の興味があることをずっとしてきただけということ。だけど、その興味があることに毎回随分なインパクトがあった。好きな人たちはその時期の歌を歌ってほしいけども、ディランはどんどん次に興味が移っちゃう。そうなると聞いているほうは追いつかなくなるという、そんなことの繰り返し。ミュージシャンだと、どこかにプロで所属してたら、売れるアルバムってのは確実に作らなきゃならないし、ウケたものを踏襲しなきゃならない。でも、それをしなかったっていうか、ただしたくなかったのか。それは作戦だったのか作戦じゃなかったのかは分からないですけど…。

―確かに、そんなミュージシャン他にいないですね。

みうら そういうことができたのはボブ・ディランだけ。2枚目のアルバムの『フリーホイーリン』のジャケットも、当時付き合ってた彼女と写るっていう、一瞬普通のように見えて誰もやったことのないことをやって。後に別れるっていう。

『フリーホイーリン』のジャケットでは、当時付き合っていた恋人と一緒に写真に収まった(画像クリックで拡大)

 普通はフライデーされたくないけど、“セルフ・フライデー”するってことはきっと世界中のロックミュージシャンはだれもやったことないし、日本人なんて絶対やれない。そんなこと平気でやるんだよね。それがそのとき正しいのか間違ってるかとかいうことではない感じですよね。1枚目のアルバムのジャケットも写真が反転してるんですよね。デザイナーがやったのか、ディランがやったのかは知らないけども。不思議だな~と思いましたよ。