【セカイ系】
(せかいけい)

<意味>過剰な自意識を持った主人公が(それ故)自意識の範疇だけが世界(セカイ)であると認識・行動する(主にアニメやコミックの)一連の作品群のカテゴリ総称。

はてなダイアリーキーワードより引用

終わりからはじまる物語群

 そもそも「セカイ系」という単語は、一般読者発生的なもので、明確な定義付けがあまりなされていないまま、諸説語られてきたという背景がある。もちろん、はてなキーワードには解説があり、「過剰な自意識を持った主人公が自意識の範疇だけがセカイであると認識・行動する一連の作品群」とされている。

 理解する手がかりとして、新海誠のアニメ『ほしのこえ』、高橋しんのマンガ『最終兵器彼女』、秋山瑞人の小説『イリヤの空、UFOの夏』などが挙げられている。作品それぞれの味わいは異なるが、3作とも異常な戦争が背景にある世界で、なすすべのない少年と特殊な少女の恋愛がメインテーマ。

 [きみとぼく←→社会←→世界]という3段階のうち、「社会」を飛ばして「きみとぼく」と「世界」のあり方が直結してしまうような作品を指すという定義もある」といわれてはじめて、「きみとぼく」の関わりが「世界」の存続より重たいセカイ系という括りがわかってもらえるだろうか。作品そのものの楽しみとは意識をかえないと、簡単には読み取れない定義でもある。

 今年、セカイ系という単語についての一番興味深い考察は、『SFマガジン』で連載されている宇野常寛(企画ユニット「第二次惑星開発委員会」主宰)による「ゼロ年代の想像力」である。賛否両論ゴウゴウと沸き上がっている連載で、宇野は初回から、セカイ系は90年代の古い想像力であると切り捨てた。セカイ系を終わった世界観として、すでにゼロ年代(※1)以降、新たな創造力による作品が生まれていると論じているのだ。

 宇野は『SFマガジン』(12月号)で、ゼロ年代の重要な作品として「野ブタ。をプロデュース」や「木更津キャッツアイ」といったテレビドラマまで引っぱりだしてきて、セカイに対してなすすべもなく立ち尽くすのではなく、決断の末その状況から離脱するあり方を描いた作品として示し、作品のジャンルや出自を問わず広く語っていく姿勢を見せる。宇野によって「古い想像力」側にカテゴライズされた東浩紀も、年末の「ミステリーズ!」(Vol.26)で「セカイ系からもっと近くに!-SF/文学論」という連載を開始し、自分が提示してきた「セカイ系」を「はるか一般性をもつ議論として考えられたものだった」として、今後、作品読解そのものによる文芸評論を展開するとしている。

 セカイ系をめぐる言説の中には、ムーブメントとしては言語化される前からあったことをさかのぼって検証するものも多数あるし、宇野が終わった世界観だと論じはじめたことによって、はじめて明確化されようとしているともいえるだろう。ここではセカイ系を定義付けすることが主眼ではなく、私的には、2002年に登場した単語が、なぜ今2008年版の『現代用語の基礎知識』に掲載されたのか「セカイとセカイ系の関わり」についてこそを考えてみたいと思うのだ。

※1 2000年から2009年までの10年間。または宇野によると「セカイ系から決断主義へ」という歴史認識に基づく時代区分

【こんなこともあろうかと】
(こんなこともあろうかと)

<意味>『宇宙戦艦ヤマト』の真田志郎技師長以来、ロボットアニメで博士が言うおきまりの決め台詞。

はてなダイアリーキーワードより引用

使ってみたい決めゼリフとして

 なぜ、今このセリフが? という疑問はさておき、「こんなこともあろうかと」と言いながら、危機的状況を回避できる術をスマートに差し出せるとしたら、それはかなりカッコよいのではないかと思う。けれども、はてなキーワードでは「ロボットアニメで博士が言うおきまりの決め台詞」で「最近では殆ど半分ギャグ」と解説されている。現実にできるヤツが少ないから、アニメやマンガのご都合主義的なギャグってことになっちゃうんだろうなぁ。

 私がはじめてこの状況を目の当たりにしたのは、1974年のテレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』。第26話「地球よ、ヤマトは帰って来た!!」のクライマックスでのことだ(※2)。死闘の末、14万8千光年離れた大マゼラン星雲イスカンダル星に到着し、放射能除去装置コスモクリーナーDを受け取ったヤマトは、地球への帰路、ガミラス総統デスラーの猛攻を受ける。捨て身の体当たりでヤマトに乗り移り白兵戦を挑むデスラーを、真田が完成させたコスモクリーナーDで撃退。しかし、最後の力を振り絞って発射されたデスラー砲をよけることはできない……。その時、なんだかわからない武器がデスラー砲を跳ね返した! テレビの前で凍りついてるお茶の間の子供たちに聞こえてきたのが、「冥王星で見た反射衛星砲をヒントに、秘かに開発しておいた空間磁力メッキが役に立ったよ」と言うクールな真田志郎のセリフ。声優・青野武の真骨頂である。 当時はビデオデッキなどない時代。状況が正確なセリフの言い回しを凌駕して、後に「こんなこともあろうかと」と、うれしげに秘密兵器を披露するマッドな科学者や博士たちの決めゼリフになっていったのだ。

 はてなキーワードには、ヤマト以前に、ウルトラマンのイデ隊員も頻繁にこのセリフを使用していたとある。ほかの作品で使われていたと検証している人もいるが、その強烈さにおいて“あんな激戦のヤマト艦内で、資材も工具もろくにないであろうに、いったいどうやって”と、幼心に刷り込んだ真田に軍配をあげたくなるのが人情というもの。

 ちなみに、なぜ今という疑問については、8月に『宇宙戦艦ヤマト DVDメモリアルボックス 劇場版』が発売されたり、ブログで「宇宙戦艦ヤマト占い」がちょっぴり流行ったりしたので、そんなことの影響もあるんじゃないかと思われる。2008年2月には『宇宙戦艦ヤマトTV DVD-BOX』や西崎義展プロデューサーが総監修した「デスラー総統ワインセット」「バイクヘルメット Type Cosmo-Zero」なども続々、企画されている。  出典はともかく、日々、危機的状況に直面する現代のビジネスシーンにおいて、リスクマネジメントに長けたビジネスマンの決めゼリフとして、サラリと使いこなしてほしいセリフである。

※2 クライマックスは艦長の死だとか、ユキの死と再生だとか、異論はいろいろあるでしょうが、私的にはあえて。

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著者

波多野絵理(はたのえり)

なんだかんだいっても“ジョジョ”が好きなフリーライター。1961年東京生まれ。80年代から、旅行ガイドブック、日経クリックなどのパソコン誌、オンライン書店、デジタルメディア制作会社などを経て、得意分野は生活感のある原稿とインタビュー。好きなものは、本・マンガ・映画・旅行・美術・音楽・オカルト・双子。本棚しかない家を建てました。共著に「懐かしのNHKこども番組コレクション」(アスキー)。