「万人」なんてどこにもいない

 急ピッチで店舗数が増やせる理由は分かったが、最大の謎はその価格。なぜ1万円未満という低価格で、国産オーダーシューズを提供できるのか。

 キビラは小松ストア(東京都中央区)が2012年から開始した新規事業(2014年4月2日に分離独立して「キビラ」となった)。その新規事業の運営を一任されていたのが、キビラの福谷智之社長だ。

 実は福谷社長はその前の約13年間、ユニクロに在籍。2009年にユニクロが発表した靴の新ブランド「ユニクロシューズ」を立ち上げた経験の持ち主。世界最大の工場に約100万足の靴を発注していたという。その後も靴事業の運営に携わる機会があったが、そのたびにその特殊性、難しさを痛感していた。

 「人が身に着けるもののなかで、靴だけが少しサイズが違うだけでも痛みを伴う。ある程度のゆとりを前提とする服と違い、靴はジャストサイズでないと買ってもらえないので非常に売りにくい。小さく畳める服と違い箱で保管するため、在庫管理費がかさむ。そもそも靴は作るのに服の何倍もの手間暇がかかるのに、服と同じくらいの価格しかつけられないので、利益が少ない」(福谷社長)。

 にもかかわらず靴の販売を選んだ理由は、女性社員全員からの「今まで自分にぴったり合う靴に出合ったことがない。そんな靴を売る店をやりたい」という強い要望があったからだという。また小松ストアは現在ビル賃貸業だが、かつてプラダの日本1号店をオープンさせ、婦人靴をメインに売り場を作っていた時期もあった。そうした時代を知る社長の小売業への思い入れもあり、靴事業をスタートさせることにしたという。

 低価格のオーダーシューズ専門店という業態にしたのは、「世界最後発なのだから、世界最先端を狙うにはどこもやっていないことをやるしかないと考えたから」だという。「日本人が作る靴は万人に合うよう、ゆったり作る傾向があり、そんなゆったりした靴を『ラク』と称して売っている。しかし、『万人』なんてどこにもいないし、万人に合う靴も存在しない。合う靴がないなら、一人ひとりオーダーして作るしかない」(福谷社長)。

  しかし、オーダー靴がいいのが分かっていても、数万円もする靴を買える人はそういない。多くの人が買えるような低価格にするには、大胆なコストカットが必要だ。それをどのようにして実現したのか。

 コストカットできる最大の要因は、オーダーメイドなので問屋を入れずに販売できること。一般的な既製品の靴は問屋が工場から販売価格の45%程度の価格で仕入れ、60%程度の価格で小売店に卸す。小売店はそれに40%程度の粗利を乗せて売るわけだが、オーダーメイドは工場からの直接仕入れなので、問屋の粗利分がカットできる。つまり売価の15%もコストカットでき、通常4割の粗利を下げればさらに販売価格を下げられる。

 さらにクルマ一台分という高価な医療用3D計測器の全店導入も、実はコストカットに大きく貢献している。そのきっかけは、福谷社長が過去の靴販売事業で靴の返品率の高さが経営を大きく圧迫した苦い経験があったからだという。

 人間が足のサイズを測ると、どんなベテランでもブレが出る。靴は1ミリでも計測がずれると当たって痛い思いをするので、どんな人が測ってもブレない方法が必要だったのだ。結果、3D計測器のデータを元につくる同社のオーダー靴の返品率はきわめて低い。この返品率の低さもコストカットの大きな要因というわけだ。

 しかし最も高いハードルは何といっても、生産工場探しだった。それまで携わった靴事業で得たつながりを頼りに、優良と思われる工場に全てアタックしたが、結果は全敗。通常は2万足から、最低でも5000足から、という世界で「一足から作ってほしい」というのだから、無理もない。そこで福谷社長は「日本の靴工場は中国やベトナムの工場に押され、生き残れないところが続出している。若い人もそんな靴作りに夢が持てず、工場労働者も高齢化している。10年先、20年先に生き残っているところがいくつあるか分からない。その状況を変えるために協力してほしい」と訴えたのだという。

 さらに、「これまで日本発の靴で世界ブランドはなかった。キビラが『日本初の世界的靴ブランド』になれば、御社も世界レベルの靴工場になる」「最初の発注量は少なくても、超高速で店舗拡大し、すぐに生産量を増加させるから」と約束。こうした福谷社長の熱意に心を動かされた業界トップクラスの工場が、もうけを度外視した先行投資として協力を表明すると、そこから先はほかの工場の説得もスムーズにいくようになったという。

 採算に乗せるため、割り切るべきところは割り切った。サイズ展開は当面、日本人の足の計測データを見て、8割強が占める足長と足幅の範囲内でカバーすることにした。また、フルオーダーが高価になる理由をひとつずつ見直し、細かなコストカットを重ねた。

 そもそも一足の靴をオーダーで作る場合、木型のほかに革をカッティングするための抜き型(刃型)、底型など、いくつもの型をそのために全て新しく作らなければならない。しかし福谷社長は前職で靴事業を運営する際、勉強のために30万円もするフルオーダーの靴を購入したが、微妙に合わなかった経験がある。一方、市販品でもぴったり合う靴もあることから「必ずしもフルオーダーにする意味がない」と考えた。そこでパターンオーダーでどこまで精度を高められるか、経験豊かな職人とアイデアを出し合ったそうだ。

 さらに物流は、大手ではなく精密機器を扱う業者の空きスペースを利用することでコストカットを図った。その業者も将来的には海外展開を狙っていたため、キビラが海外ブランドとなった時に協力しあえるメリットが大きいと考え、協力をしてくれたという。「こうしていろいろな面からコストカットの新しい手法をたくさん考えた。それが結集して1万円という価格が実現できた」(福谷社長)わけだ。 

 同社が急ピッチで店舗を拡大している背景には、発注数を増やして採算がとれるようにするという工場との約束と同時に、1号店の急激なブレイクでスタッフの対応が追い付かず、一時的にサービスの質が低下した反省もある。スタート当初は「5年間で30店の出店を計画。長期目標として10年で50億円の売り上げ」という目標を掲げたが、このペースが続けばそれほどかからずに達成できそうだという。

 3カ月ほど前、古巣であるユニクロの柳井正会長に挨拶に行ったところ、「なぜユニクロにいるときにこれをやらなかった」と叱られたそうだ。「ファストファッションの代表であるユニクロと、オーダーシューズ専門店キビラとでは方向性が真逆のように見えるが、『いいものをできるだけ安く提供し、喜んでもらう』という根底にあるコンセプトは同じ。キビラもいずれユニクロのように、日本を代表する世界ブランドに成長させたい」(福谷社長)という。

キビラの福谷智之社長。同志社大学文学部卒業後、野村證券に入社。上場前のファーストリテイリングを担当した縁で同社に入社。ユニクロ営業部関西地区ブロックリーダーとして多くのM&Aに携わった経験を買われ、小松ストアに入社。新規事業としてキビラを立ち上げた
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