「マミー・ポルノ」ブームから、文学の新しいジャンルが生まれた

 『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』や『ベアード・トゥ・ユー』のヒットにより、とくに米国では類似した小説が山のように登場し、それらは「マミー・ポルノ」と呼ばれるようになった。著者に家庭を持つ妻や母親が多かったことも理由のひとつだが、中心となった読者が主婦層だったことから「マミー・ポルノ」という総称が浸透していったようだ。

 日本でも2012年以来、毎月のように「マミー・ポルノ」の翻訳本が出版され、いくつかの出版社から女性向けのエロティックな小説を定期的に刊行するシリーズが登場した。『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』の翻訳本を出版した早川書房は、2012年11月に「リヴィエラ」シリーズをスタート。『ベアード・トゥ・ユー』の翻訳本を出版した集英社クリエイティブは、2013年6月から「ベルベット文庫」シリーズを開始させている。

『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』の約半年後に出版された『ベアード ・トゥ・ユー』は、ロマンス小説家として人気を得ていたシルヴィア・デイの 作品。発売1カ月にして米国で100万部、英国で64万部を売り上げた。日本では 2作目は既刊、2014年2月に3作目が発売予定。『ベアード・トゥ・ユー』(上下 巻)著:シルヴィア・デイ 訳:中谷ハルナ 各770円+税(ベルベット文庫/ 集英社クリエイティブ)
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 「マミー・ポルノ」の特徴や売れた理由、そして日本での売れ行きなどを、早川書房・編集本部・本部長の山口晶さん(「リヴィエラ」シリーズ担当)と、集英社クリエイティブ・取締役の木下博通さん(「ベルベット文庫」シリーズ担当)に聞いた。

 「米国での『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』の売れ方は、出版のあり方を大きく変えました。もとは英国に住む主婦が、映画にもなったヴァンパイアの物語『トワイライト』シリーズの影響を受け、その主人公を思い浮かべながら書いたファンフィクション、つまり同人誌です。最初はウェブで発表され、ファンの間で話題になり、2011年に小さな出版社から発売されました。その後、大手出版社のランダムハウスが版権を買い、全米ベストセラー入りする大ヒットを遂げたのです」と、早川書房・編集本部・本部長の山口晶さんは話す。

 このヒットを受け、米国では現在、ファンフィクションを電子書籍で発売することが一般的になりつつあるそうだ。「作者は書いたら電子書籍としてウェブで自費出版し、ファンの間で話題になったものが出版社に版権を買われて書籍になる流れが生まれました。これは『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』以降の流れです」(山口さん)

 この流れによって類似した作品が多く生まれ、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』は、文学の1ジャンルを築き上げた。

 「日本では、原作のキャラクターをエロティックな設定に読み替えた同人誌のマンガや小説は非常に一般的ですが、外国ではマイナーなサークル内に限られたものでした。そもそも、エロティックなロマンス小説というもの自体は決して主流ではなかったのです。ロマンス小説では、ふたりが出会って恋に落ち、結ばれて関係を持つ寸前までが1セット。昔の少女漫画のようなもので、アブノーマルな性行為を描くことはめったにありませんでした。『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』で初めて、そういうニーズがあるのだと認識されたのです」(山口さん)

 そもそも、海外にはロマンス小説というジャンルがあるそうだ。

 「ハーレクインが出版する恋愛小説に代表される、ロマンティックな男女のラブストーリーを描いたものです。このロマンスと、エロチカと呼ばれるエロティックな描写を含む小説とははっきりと区別されており、ロマンスでは卑猥な描写はタブーとされています。王道はあくまでロマンスで、エロチカはマイナーなものでしたが、マミー・ポルノ小説のヒットによって、この考え方が一変し、大きな収益が見込める1ジャンルになったのです」と、集英社クリエイティブ・取締役の木下博通さんも口をそろえる。

 では、すでに同人誌という形でエロティックな読み物が根付いていた日本では、どのような売れ行きだったのか? 次からは日本での評判を探る。