上野教授はなぜ京王井の頭線を利用しなかったのか?

 今年の4月、開業したばかりの、東横線・地下渋谷駅の「迷宮」を探検。「ハチ公像と東横線・地下渋谷駅の『果てしない距離』」についてレポートした。それ以来、強く気になっていたことがある。忠犬ハチ公像は、なぜ、あの場所で、JR渋谷駅ハチ公口の方(東)を向いて座っているのか、という疑問である。

 換言すると、ハチ公とその飼い主、東京帝国大学農学部(現、東大農学部)の上野英三郎教授との関係を考えると、銅像の位置と向きが不思議でたまらなかったのである。

 上野教授の自宅の所在地は、東京府豊多摩郡渋谷町大字中渋谷字大向(現、渋谷区松濤1丁目付近)。道玄坂の正面に位置する東急百貨店本店と文化村の辺りに、かつて旧・大向小学校があり、その裏手(西北)の高台に立つ広い敷地の住宅だったとされる。最寄りの京王井の頭線・神泉駅までは約400メートル、歩いて5分の距離になる。

 また、東大農学部は現在、文京区本郷にあるが、当時は目黒区駒場にあった。すぐ前に、京王井の頭線・東大駒場前駅がある。東大駒場前駅→神泉駅→渋谷駅という順番になる。

【第一の疑問】
 上野教授はなぜ最寄りの神泉駅ではなく、渋谷駅を利用していたのだろう。

【第二の疑問】
 ハチ公の銅像は、なぜ、京王井の頭線・渋谷駅の方(西)ではなく、JR渋谷駅ハチ公口の方(東)を向いているのだろう。

 実は、少し調べると、「第一の疑問」と「第二の疑問」は、あっけなく解決した。「渋谷」と「井の頭公園」を結ぶ、帝都電鉄渋谷線(現、京王井の頭線)は1933年(昭和8年)に開通した。しかし、上野教授は、1925年(大正14年)に亡くなっていた。要するに、上野教授が生きていた時代に、京王井の頭線は存在していなかったのである。