「伝統」と「革新」がさまざまなカルチャーを生み出してきた英国で、今また一つの潮流が生まれようとしている。

 貴族や富裕層をターゲットにしてきた高級ホテル業界で、「ファミリーフレンドリー(子連れ大歓迎)」がキーワードになってきた。子どもたちへの気の利いたプレゼントは序の口で、格式ある5つ星ホテルで子ども向けのアフタヌーンティー講座が行われたり、保育園に勝るとも劣らない施設を備えたホテルが現れたり。かつては子どもの宿泊自体はばかられた高級ホテルが、今や子どもたちの天国と化している背景には何があるのか。何軒かを実際に子連れで体験し、関係者たちの生の声を聞いた。

田園リゾートホテルの、細やかな心遣い

近所で生まれ育ったチャーチル首相も常連だった美しい宿、オールド・スワン。
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 ロンドンの北西に位置する丘陵地帯、コッツウォルズ。The Old Swan & Minster Mill(オールド・スワン&ミンスター・ミル)は、創業1445年の古い宿に新館やジムなどを併設する形で、3年前に新装開業したホテルだ。

スイートルーム「リチャード3世」の寝室。ベッドの枕元には、子供向けの「お楽しみパック」とぬいぐるみが。大人には近くのアウトレットのVIPチケットがプレゼントされる
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 趣あるらせん階段を上がり、スイートルーム「リチャード3世」へ。かつてこの辺りは彼の支配下にあったそうで、壁の一角には当時の壁画が保存されている。歴史の重みに圧倒されながら寝室へ進むと、2歳の娘が「あ!」と歓声を上げた。枕元に、パズルや塗り絵などが入ったパックと、テディベアが。大人が着替えをしたり、荷物を広げている間、やんちゃな娘は新しい玩具に夢中。この、ちょっとした時間稼ぎアイテムがありがたい。

「おもちゃ」ではなく「絵の具セット」を揃えた遊び場

 落ち着いたところで、オーナーの娘であるタラさんと、敷地内の「プレイハウス」を訪ねる。玩具はもちろんあるが、目を引くのはずらりと並ぶ絵の具の数々。娘が目を丸くしていると、タラさんは白いTシャツを広げ、絵筆を持たせて色を載せるよう促した。初めは遠慮がちな娘も、次々に絵の具を出し、色遊びを楽しみ始める。

 「私自身、子どもの頃にクラブで図画工作をしたのがとても楽しかったので、ここでは玩具より、創造性を刺激できるような仕掛けに力を入れています」とタラさん。Tシャツは記念に持って帰れるそうだ。

 このほかカードやジュエリー作り、乗馬、射撃、アーチェリーなど、子ども向けプログラムは多彩。敷地内にはクロケット場やテニスコート、釣りのできる川もあり、大人のアクティビティにも事欠かない。連泊客が多いというのも頷ける。

アクティビティの目玉、絵の具をふんだんに使ったTシャツ作り
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夕食後に部屋に戻ると、ベッドにぬいぐるみ型の湯たんぽが。子どもゲストのための細やかな心遣い
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親が「個」である自分に戻るための、ベビーシッターサービス

 館内のスパでは、マッサージを同時に受ける夫婦も多いという。「うちは子どもがいるので…」と言うと、「皆さん、ベビーシッターを利用されていますよ」。ベビーシッターは「個」の時間を大切にする英国では大切なサービスで、ディナーや外出のために半日、子どもを預けるケースも少なくないという。日本の感覚では、旅行中は親子が四六時中一緒だと話すと、「それではリフレッシュできないのでは」と逆に驚かれた。このサービス、「子連れ歓迎」を標榜する宿なら、どこでも行っているようだ。

 翌朝は敷地内の「動物ふれあいコーナー」へ。早朝なら、子どもたちは鶏小屋で朝食用の卵を集めることもできるそうだ。木製の遊具も設置されていて、チェックアウト前に娘はここで十分体力を消耗し、車に乗り込むことができた。

敷地内の遊具のある一角では、アヒルとの追いかけっこも。隣にはホテル専用の菜園。
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決して多くはない子どもゲストたちにも、最高のもてなしを

ホテルオーナー一族のタラ・ドゥ・サヴァリーさん。「季節によって、昆虫観察やキノコのバーベキューも楽しんでいただけますよ」

 伝統的に、英国の高級ホテルは中高年の富裕層に支えられてきた。ホテル側としては、こうした上客はぜひとも欲しいが、彼らはホテルでの滞在において、何よりも静寂を求める。彼らに配慮し、「子連れアンウェルカム」のままのホテルもあるが、オールド・スワンのタラさんは「すべての人をおもてなしするホテルを目指しているので、お子様もお迎えするし、迎えた以上はどんなに少数であっても、最高のおもてなしを心がけます」と言う。「この姿勢を貫くことで、ホテルの個性(ブランド力)が築かれると信じています」。オープン3年にして、彼女たちは既にホテル賞を多数受賞している。

 タラさん一家は英国内にもう一軒ホテルを持っているというので、デヴォン州のその宿、The Cary Arms(ケアリー・アームズ)にも泊まってみた。このエリアはアガサ・クリスティもミステリーの舞台に度々取り上げた、英国随一の海辺リゾートだ。

最小限の仕掛けで最大の効果を引き出す、海辺の宿

8室すべてが海に面している宿、ケアリー・アームズ
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客室の1つ「アドミラル」。ベッドの上に置かれた水遊びセットに子供は大喜び
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 絶壁に張りつくように建てられた宿、The Cary Arms(ケアリー・アームズ)。子連れ旅では行く先々で、周囲の人に受け入れられるかが気になるが、スタッフたちはオールド・スワン同様、温かく、自然体でほっとする。いっぽう娘は、客室に入るなりベッドの上に砂遊びセットを発見、一気に気分が盛り上がっている。

 室数わずか8室ということもあって、この宿では、子ども向けのプログラムは特になく、配慮といえば、館内にプレイルーム、レストランに子どもメニューがある程度。それでも、娘の満足度はオールド・スワンに匹敵するほど高かった。海を見下ろすバルコニーでは何度もかくれんぼをし、朝起きるといの一番に「遊ぼ!」とシャベルとバケツを持ってくる。最小限の仕掛けで大自然を満喫させるこの宿は、オールド・スワンとは対照的だが、どちらももてなしとして成功していると感じられた。