悪党なりの「正論」も描かれる深いストーリー

第6部の「ストーンオーシャン」は初の女性主人公。第7部の「スティール・ボール・ラン」は、新しいパラレルワールドが描かれる (C)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社
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編集部:「ジョジョの奇妙な冒険」のテーマは「人間賛歌」というふうに表現されています。

荒木氏:これは、人間の意思や成長がすべての問題を解決するということ。神様は守ってくれるかもしれないけど、神様が助けに来てくれるとか、今まで負けていたのに急に最強の剣が現れて、それで相手を倒したりしないということですね。あと、苦しみを神様が救ってくれるという考え方も嫌なんです。自分たちで解決するために神様はいるんだろうという意識で、人間中心主義というか、ルネサンスの雰囲気がしっくりくるなという。

 ちょっと批判になるかもしれないけど、主人公が戦争に行くのが嫌だって言いながらも結局戦っているマンガもあるんです。僕は、こうした戦いたくないとか言いながら戦う心理が分からないんです。ちゃんと心を決めてから戦えよと思うわけ(笑)。だから、「ジョジョ」の場合は、敵も全く悩まずに戦いを挑んで来るんですよ。自分が正しいって信じているんです。

編集部:そうですね。「ジョジョ」には正義と悪党のキャラクターがあるわけですけど、それぞれが自分の道を進んでいるという感じがします。

荒木氏:そうそう、全員前向き。要するに戦う人たちが悩んでいたらマンガは面白くないと思うんですよ。正義も悪党も、両方とも最高の力を持って、最高のコンディションで戦わせる。だから描いていても、「主人公、これ負けるかな」と思うときがあるんですよね。

編集部:ジョジョマニアに話を聞くと、「ジョジョ」で描かれる悪党に対して時に共感すら覚えるという人もいました。

荒木氏:第1部の頃は白と黒というか、善悪は正反対のものとして描いていたんですけど、やっぱり年を取ってくると悪には悪の理由があるという側面がすごく気になってきた。例えば、第7部の「スティール・ボール・ラン」に登場するファニー・ヴァレンタイン大統領は、愛国心はすごくあるんですよね。国を守るために人を犠牲にすることを厭わない点とか、個人から見るとすごい悪。でも、自分の国を思う心はすごくて、国という単位で見ると、ヴァレンタイン大統領のやっていることは正しいと思える。正しいと信じて行動する人は強いと思う。こうした「悪党の正論」というか、人物を別の角度からも見せる手法は、第6部の「ストーンオーシャン」に登場したエンリコ・プッチ神父を描いていたときも意識していましたね。

編集部:第6部、第7部を読んで「悪党は本当に悪党なのか」と考え出して、また第1部からシリーズを読み返すと、「そもそもジョースター家は本当に正義なのか」と疑問を持ったというジョジョマニアもいました。

荒木氏:そうですね。結局、人って何だろうと考えたときに、生まれてきて家族を作って、また死んでいくということは、もう下手したら正義とか悪とかないのかもしれない。やっぱり生き残ってこその何かなのかもしれない。特に「スティール・ボール・ラン」では、ジョースター家とはいったい何かなと考えてしまいますよね。