※この記事は日経エンタテインメント!(5月号)の記事を転載したものです。購入はこちら

 生え抜きで現場からの叩き上げ。名物社長、と言っていいだろう。変わりゆくエンタ界のなかで迎えた100周年。気になるあれこれを洗いざらい聞いた。

大崎 洋
おおさき・ひろし 1953年7月28日生まれ、大阪府出身。78年入社。80年代の漫才ブームや吉本総合芸能学院(NSC)の開校・浸透に貢献。00年、よしもと子会社・ファンダンゴ取締役、01年、吉本興業とアール・アンド・シー取締役。06年に副社長、09年、代表取締役社長に就任

 創業1912年4月1日。日本で最も古い芸能プロダクション・吉本興業が今月100周年を迎えた。現社長の大崎洋氏は01年に取締役、09年より現職に就任した。

 “ダウンタウン育ての親”としても知られているせいか、ダウンタウン以外の芸人との不仲説が週刊誌をにぎわせたり、年頭には島田紳助復帰を匂わす発言で物議をかもした。春の恒例行事として定着しつつある「沖縄国際映画祭」は、無茶と一部で言われながらも回を重ね、今年で4年目。この人にはいつもどこかデンジャラスな香りがつきまとっている。

 そんな大崎体制になってからの吉本は、変化したことも多い。その1つが社員の給与だ。

 昔、林正之助会長が「お金、社員にやるんだったら捨てたほうがいい」と言ったという伝説があまりに有名で吉本の社員は薄給だと思われている。しかし、大崎氏が東京(当時、支社)へ来て、最初に手をつけたのが、社員の年収を業界標準へ引き上げることだった。

 これは吉本の近代化路線、大崎体制の根幹を成す機構改革だとはたからは見えていた。40歳で年収1500万円は、電通やフジテレビにはまだ及ばないが、胸を張れる給与体系だろう。