暫定リスト登録から10年かけて地域の努力が実った平泉

毛越寺本堂(平泉観光協会/平泉町観光商工課)(画像クリックで拡大)

春の藤原まつり「源義経公東下り行列」(平泉観光協会/平泉町観光商工課)(画像クリックで拡大)

 東京から東北新幹線で一ノ関まで約3時間。東北本線に乗り換え約10分。東北地方を治めた奥州藤原氏の都として栄えた平泉は、源義経の終焉(1189年とされる)の地としても知られる。

 後三年の役(後三年合戦/1083年~1087年)に巻き込まれ、妻子を殺害された初代清衡は「争いのない仏国土」の建設を目指した。この浄土思想の世界を再現し理想郷として作られた寺院や自然環境を活かした庭園が、平和希求の精神がユネスコ憲章に相通じるものとされ、世界遺産への登録が決まったわけだ。

 世界文化遺産登録の正式名称は、「平泉―仏国土を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」。構成資産は5つ。藤原氏三代の遺体と四代泰衡の首級を安置する金色堂がある中尊寺(ちゅうそんじ)。二代基衡と三代秀衡によって造営された毛越寺(もうつうじ)。基衡の妻が建立した寺院跡の観自在王院跡(かんじざいおういんあと)。秀衡が建立した無量光院跡(むりょうこういんあと)。信仰の山として崇められた金鶏山(きんけいざん)。中でも中尊寺の金色堂は、堂内外をすべて金箔で包み、螺鈿(らでん)や蒔絵(まきえ)が施された絢爛豪華なもの。保存状態も良好だ。

 平泉はそれこそ、一度は登録延期となった世界遺産だ。“世界遺産暫定リスト”に登載されたのが2001年。2006年にユネスコへ推薦書が提出されたが、2008年に開催された世界遺産委員会では、登録延期。その理由は構成資産が広範囲で浄土思想との関連が明確ではないというもの。

 そこで見直しを行い、今回新たに推薦書を提出した。同時に町民も一体となり、施設説明看板の英訳や、ガイドの育成、周囲の商業施設でのサービスの見直しなども行ってきた。観光地として見直してきただけに、あとは継続的な集客につながるかどうか。文化遺産の保護との両立に関してはさらに課題が生じる可能性もある。

※各史跡間は徒歩で約10~20分。平泉駅からは各史跡を巡る巡回バスが運行中。レンタサイクルも充実