パナソニックに“生き残った”三洋電機の事業の1つ、「太陽光発電 HIT」。かつて三洋電機が掲げた企業ビジョン、「Think GAIA」を象徴し、かつ約35年間、取り組んでいた太陽電池事業は、業界の最先端を走り続けていた印象があるが、実は順風満帆だったわけではない。紆余曲折を経て、今もパナソニックで生き続ける太陽電池事業とは。

パナソニックの太陽光発電・蓄電システムのサイト(写真は画面キャプチャー)
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 三洋電機が開発した「太陽光発電システムHIT」は、現在でもパナソニックの住宅および住空間事業において、重要な柱のひとつになっている。2015年4月からは、新たに設置した事業ブランド「Panasonic Homes & Living」の重要な製品のひとつに位置づけて、積極的な訴求活動を行っていく予定だ。

 だが、三洋電機の太陽電池事業は、常に順風満帆だったわけではない。なかでも最大の危機は、2000年の単結晶シリコンモジュールの低出力問題だ。

“隠ぺい”を指摘され事業部は存続の危機へ

 2000年9月、通商産業省の指摘を受けて調査をした結果、三洋電機の100%子会社、三洋ソーラーインダストリーズが1996年から1998年にかけて販売していた家庭向け太陽光発電システムの一部に、発電出力が定格よりも不足する太陽電池モジュールが含まれていたことが発覚した。実は問題は1998年の時点で利用者団体からの抗議を受けて発覚しており、その事実を知りながら、対応が遅れたことで社会問題化。2000年10月には当時の近藤定男社長が辞任に至る出来事へと発展した。全社規模での隠ぺい体質まで指摘されるありさまだった。

 この出来事を発端に、太陽電池事業の業績は一気に悪化し、大きな岐路に立たされた。

 2001年4月には、経営トップから事業部に対し、厳しい通達がなされた。2年間の猶予期間内に、太陽電池のコストを半分に引き下げ、性能を20%向上させられなければ、太陽電池事業を終息するというものだ。よほど高い技術力と競争力を持った製品が開発できなければ、市場に存在する意味はなく、消費者からも再び認められることはないという、厳しい判断が下されたのだ。

 この通達を受けて事業部を中心に、三洋電機の太陽電池事業に関わる研究所、販売部門などが参加した技製販一体の「HIT 700日プロジェクト」がスタート。HIT太陽電池の研究開発にすべてのリソースを集中させ、改良を行っていった。