ラグビーチームは優勝も果たしている

 三洋電機が取り組んでいた企業スポーツも、変化を余儀なくされた。オグシオで一世を風靡(ふうび)した三洋電機バドミントンチームは、パナソニックに移行後、2013年に解散し33年の歴史に幕を下ろした。しかし1960年に東京三洋電機で創部したラグビー部は、パナソニックの完全子会社後もパナソニックワイルドナイツとして継承され、2015年2月1日にはヤマハ発動機ジュビロを下し、ジャパンラグビートップリーグ2014-2015チャンピオンに輝いている。「野武士軍団」と称される同ラグビーチームの三洋電機時代からのDNAは、ここでも消えていないはずなのだ。

対外的にはすでに終わりを告げているが

 2018年度の売上高10兆円を目指すパナソニックにとって、実は、三洋電機から継承した事業の役割は大きい。では残された三洋電機の社員たちは、そのDNAをパナソニックのなかに根付かせることができるのか。

 2014年3月に刊行された三洋電機社史の終わりには、「次の一歩となるのは、今日まで創り上げた文化をパナソニックグループの中に溶け込ませ、それにより拡大、深化させることである」と、三洋電機社員に向けた言葉が記されている。

 創業者の井植歳男氏は三洋電機を「大衆のなかから生まれ、大衆に育てられて、今後も奉仕していく会社である。そうしてどの社会からも歓迎され、社会に奉仕し、また社会から大きな報酬をいただいて共栄していく会社」だとした。

 完全子会社化やブランドの終息により、三洋電機の歴史は、対外的にはすでに終わりを告げているように見えるだろう。4月1日には間違いなく、社員は1人もいなくなり、残るは法人格の三洋電機という「小さな器」だけになる。

 それでも一旦は大企業となった会社のDNAは、すべて消えてしまうわけではないと思う。パナソニックのなかに、三洋電機のなにがどのように継承されていくのかを、次回から検証していく。

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大河原克行(おおかわら かつゆき)
フリーランスジャーナリスト
1965年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、約20年にわたって、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。現在、ビジネス誌、パソコン誌、Web媒体などで活躍。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下電器 変革への挑戦」(宝島社)、「パソコンウォーズ最前線」(オーム社)などがある。近著は「松下からパナソニックへ 世界で戦うブランド戦略」(アスキー新書)。