【その1】リアルすぎる演出による江戸の日常へのタイムトリップを楽しむ

 鬼平江戸処では各所に江戸を代表する街並みを表現しているが、新築の建物に丹念に手をかけてエイジング(老朽化)させている。平蔵らが生きた時代の江戸の町を再現するため、時代考証をしながら、大勢の専門の職人たちの手で柱の刀傷や雨水の染みや汚れ、壁に生えたコケまで再現しているのだ。そのことが、新築の江戸の町にしっとりとした生活感を与えている。

 また建屋の軒は火災の際に避難しやすいように通り抜けできる一直線の「軒ぞろえ」を基調としているほか、日本橋大通りの大店の看板には金箔や高度な彫り技術を用いているのに対し、建物内の下町をイメージした看板はシンプルなものにするなど、細部までリアルさを追求している。

 さらに建物内は10分ごとに朝、昼、夜と照明が変化し、それに合わせてBGMも変わる。春の朝にはウグイスが鳴き、夜明けのアサリ売りに納豆売りの声が聞こえ、秋の夕には祭り太鼓の音、真冬の夜の水団(すいとん)売りなど、季節をイメージした音声と連動させ、江戸時代の日常が感じられる演出が施されている。

日本橋同様、下を川が流れているイメージを表現するため、日本橋擬宝珠(ぎぼし)柱を配置。江戸時代に実際に使用されたとおりの寸法、形状、色合いを再現した
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日が当たらず湿気の多い北向きの「番屋」部分は特に傷みを激しくするなど、細部までリアルに作りこんでいる
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木造家屋がぎっしりと連なる江戸の町に、火事はつきものだった。「町中の家屋の屋根上に火の見櫓が設置されているところもあった」という資料から、大通りの大店の上に火の見櫓を設置
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火災から町を守るために設置していた天水桶もあった
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素材が豊富でなかった江戸時代の看板は白木に墨で書かれたものが一般的だったが、人目を引くために商人らはさまざまな工夫を凝らしたという
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足袋の大店、大野屋の看板は「浮かし彫り」という技術で文字を立体的に浮かび上がらせている
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万屋は「蒲鉾(かまぼこ)彫り」という技法で文字の表面に丸みをつけている
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江戸時代の暖簾(のれん)は藍染めだったという史実に基づき、羽生市に天保8年(1837年)から続く藍染工房「武州中島紺屋」で製作した暖簾を使用。ちなみに武州中島紺屋4代目(当代)中島安夫氏は埼玉県指定無形文化財藍染技術保持者
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江戸時代に行われた法令公示のための高札(こうさつ)。平蔵の最初の任務「火付盗賊改」にちなみ、江戸時代に火事の際の禁止事項を告知した高札を、現代人にも読みやすい筆文字で再現したもの。高札で現存しているものはほとんどないという
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江戸時代には打ち水で埃(ほこり)を抑えたり、夏場に気化熱を利用して涼気をとったりしていたことにちなみ、打ち水効果が持続する浸透性、保水性に優れた特殊なコンクリートを使用
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ショッピングゾーンも家屋の軒先が低かった当時の建物をイメージした作りにしている。空が広く見えるように鏡を効果的に使い、30分間の滞在で朝・昼・晩のライティングの変化がみられるように10分ごとに変化させている
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