飯野さんはマーケターとしても一流だった

 読者のみなさんは、以上の話をどう思われましたか? 私が今になって感じるのは、「飯野さんはマーケターとしても一流だった」ということです。

 まず飯野さんが作ってくれた架空の記事や絵は、それまで非常に漠然としていたアイデアをはっきりと「言語化」してくれました。マーケティングのうえで「言語化」はとても重要です。なぜなら、この言語化という工程なしでは、マーケティング施策の目的である「消費者の中でどのような認知変容・態度変容を起こしたいか」ということが明確にならず、開発の指針が得られないからです。平たくいうと、あいまいなオリエンテーションではいいコミュニケーションはできないということですね。

 そして、飯野さんは自ら紡ぎ出したその言葉をベースに、“起動できる自販機”というサービスのコンセプトを作ってくれました。これは「消費者とサービスの間にどのような関係性を持たせるか」という非常に重要なテーマの礎になりました。

 ここを出発点に、例えば、

・iモードサイトのコンセプトは「シーモのリモコン」である
・シーモのユーザーインターフェース
・そのインターフェースでユーザーにどんなフィードバックを返せばよいかという設計

 といった決めごとを築き上げていきました。それはマーケターであれば誰もが知っている「コンセプトの重要性」や「良いコンセプトが持つ力」を強く実感できた経験でした。

 そして飯野さんはプロジェクトマネジメントを行うなかで、「サービスの性格=パーソナリティを一貫して設計すること」を徹底していました。

 例えば、自販機のモニターに表示される言葉やiモードサイトでの表現など、何かユーザーとのやりとりが発生する場では、常にちょっとクールでファニーな表現を採用し、サービスをうまく擬人化します。さらに感情移入しやすいようなユーザーエクスペリエンスを設計し、ユーザーとサービスの間に情緒的な絆を築くことに力を注いでいました。

 マーケティング用語でいうならば、飯野さんはCmodeというサービスブランドの定義を行い、それを厳格に守ることにより、ユーザーとの関係構築を達成していったのです。

 飯野さんと一緒に仕事をした経験により、私はそれまで机上でしか理解していなかったいくつかのマーケティング理論を体感し、自分のものにすることができました。この経験がなければ、私のマーケターとしての素養も幅も今よりはるかに狭いものになっていたことは明らかであり、感謝の思いで胸がいっぱいになります。

 ところで、末筆になってしまうのですが、志半ばにはなってしまったのですが、飯野さんが直近まで心血を注いでいた事業を紹介させてください。それは、IID世田谷ものづくり学校で2013年4月から行われる「イルカの学校」です。

 これは、若い人たちにイノベーションで日本を支えてもらうべく、創造性を身に付けてもらおうという試みです。4月6日から「飯野賢治を学ぶ。」という講座も通年で行われるようですので、ご興味ある方はお問い合わせしてみてください。

 それではこのあたりで、42年という短すぎる一生を駆け抜けた飯野さんに「ありがとう」という言葉を添え、今回のペンを置きたいと思います。

 合掌

Cmodeのプロジェクトメンバー(後列中央に飯野氏)
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著 者

富永朋信(とみなが とものぶ)

プロフェッショナルマーケター。
日本コダック(現コダック)、日本コカ・コーラ、ソラーレホテルズアンドリゾーツ、西友などでマーケティング関連の職務を歴任。日本コカ・コーラではiModeでコカ・コーラが買える自販機システム「Cmode」の立ち上げを担当。それ以来、「購買=ブランド選択+チャネル選択」という式の解を模索し続けている。西友では同社のイメージを一変させるキャンペーンを連発した。ブランドの構造はカテゴリによって違うことに気付き、全てのカテゴリのブランド構築に対応できる方法の開拓に頭を悩ませている。座右の銘はたくさんあるが、今のお気に入りは「過ぎたハンサム休むに似たり」「渾身のアイデアは全てを解決する」。