「ケータイ連動している状態とそうでない状態が峻別されるべき」

 次に飯野さんは、その光る自販機だけを切り出した絵をつくり、どのような考え方で描いたか、という説明をしてくれたのです。それはまさに我々を唸らせるものでした。

 そのときの説明を整理すると、

・ケータイと連動する自販機は連動している状態とそうでない状態が峻別されるべき

・したがって、ケータイと連動するために「自販機を起動する」という考え方が必要

・描かれた自販機の右半分が光っているのは「起動されている」状態を示す

・起動されていない(=光っていない)状態でケータイ連動を意図したユーザーが発光する部分を押すと、バイブレーションとともに自販機が光る

・これは自販機に「飲料販売モード」と「ケータイ連動モード」という2つのモードを持たせるということ

 といったことです。

 この説明により、当初の自販機デザインを見たときにメンバーが持った違和感の正体が明らかになりました。同時に、自販機をどのような方向性で開発すればいいか、という方向性も得ることができました。「起動することにより2つのモードが使い分けられる自販機をつくる」という指針が自販機開発陣と共有できたのです。

 それは、プロジェクトが「ケータイのオブジェを自販機につける」という発想と訣別できた瞬間でもありました。同時に、後にこのサービスの名称となった「Cmode」という言葉のアイデアができた瞬間でもあったのです。

 自販機は「24時間止まらずに稼働する」「猛暑や厳寒といった環境に耐える」といった条件があるうえ、商品の収納やお金のハンドリングのためにスペースの大半を割かれるので、モニターやプリンターなどを実装するのに物理的な制約が大きい、といったさまざまなハードルをクリアしなければなりません。

 これらの厳しい条件をクリアしつつ、飯野さんのアイデアを取り入れた自販機を、そしてそのバックエンドとなるシステムや自販機を操作するためのiモードサイトを開発する日々が始まりました。それは2001年5月初旬のことでした。

 「記者会見をやる!」と会場まで手配した日は2011年8月8日。つまり、実際の開発に使えるのは3カ月、という過酷なスケジュールでした。

 そのときのfytoはさながら“Cmodeの開発前線基地”でした。自販機メーカー、システム開発会社、そしてプロジェクトメンバーの三者が休日も返上し、オフィスに泊まり込み、文字通り不眠不休で開発に突き進んだ3カ月でした。

 ちなみにこの自販機は「シーモ」と名付けたのですが、シーモ1号機ができたときの喜びは今でも忘れることができません。このとき、1号機の底面にプロジェクトメンバー全員でサインをしたのですが、それも飯野さんのアイデアでした。

 そして、予定通り8月8日に記者会見を行い、渋谷での実証実験を開始しました。渋谷109にサインした1号機を設置し、iモードのサイトも開設し、システムトラブルが起きてはやきもきし、CRMが奏功しては喜び、といった全てのことが鮮明に思い出されます。

 実証実験が終了したあとも、着メロや待ち受け画面を自販機で決済できるようにしたり(当時のiモードは月額課金が基本でした)、映画のチケットを販売したりなど、自販機を「場所」と捉えたサービスをメンバーと飯野さんとで開発・導入していきました。

「シーモ」1号機
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