こんにちは、西友の富永です。

 2013年2月20日、飯野賢治さんが42歳の若さで亡くなりました。

 読者の方々のなかには飯野さんとの対談を読んでくださった方も多いと思いますが、私は幸運にも何度か飯野さんと一緒に仕事をする機会に恵まれ、その類いまれな創造性に触れることができました。

 飯野さんはゲーム分野での実績があまりに大きいことから「ゲームクリエーター」という肩書きで紹介されることがほとんどです。しかし、私が彼とともにしてきた仕事は、基本的にゲームとは異なったフィールドが大半でした。

 今回は飯野さんへの追悼を込め、私が初めて飯野さんに会ったときの話を紹介することで、飯野さんのゲーム以外の才能を知っていただきたいと思います。

飯野賢治氏(写真/稲垣純也)

出会いのきっかけは「Cmode」の開発

 2002年に日本コカ・コーラ、NTTドコモ、伊藤忠商事が開始した「Cmode(シーモード)」というサービスがありました。「自動販売機とiモードを連動させることで新しい何かを創造しよう」という試みだったのですが、私はそれを日本コカ・コーラ側で担当していました。

 「ケータイと自販機を連動させる」というアイデアは非常にロマンティックなことでした。当時はSuicaなどの電子マネーがあまり普及していなかったこともあり、“個人のID”としての携帯電話と“場所のID”としての自販機を組み合わせることによるさまざまなビジネスの可能性に、当時のプロジェクトメンバーは胸を躍らせていました。

 それは例えば、自販機でケータイコンテンツを売るとか、自販機にモニターやプリンターを搭載して自販機の周辺で使えるチケットを販売するとか、携帯電話を通じて飲料のプロモーションを目的としたCRM(カスタマーリレーションシップマネジメント、顧客情報を基にしたマーケティング手法)を行うとか、非常に多岐にわたるアイデアでした。

 メンバーは期待に胸を膨らませ、サービスを発表する日をまず決定し、記者会見の段取りを行いました。こうして、Cmodeの開発は始まったのです。

 ところが、いざそういったアイデアを形にする段になると、プロジェクトの歩みは非常に遅くなりました。いくつものチャレンジがありましたが、その中でも困難を極めたのが「自販機の開発」でした。

 まずはじめに我々は通常の自販機を開発するのと同じ要領で「携帯電話と連動した自販機を作ってほしい」と自販機メーカーにデザインを依頼しました。すると、そのお題の解として上がってきたのは、自動販売機の右上部分に巨大な携帯電話のオブジェがついている、というものでした。

 これを見たメンバーは、「これは違う」と直感しました。

 その感覚を後付けで言葉にすると、「携帯電話と自販機を連動する」自販機のあり方はあくまで“革新的な自販機”であり、自販機がケータイになったり、自販機がケータイに擦り寄ることではない、ということでした。

 当たり前のように思えますよね? しかし、まだ見たこともない新しいものをつくる過程では、言葉にするのはとても難しいことでした。

 そんなとき、伊藤忠商事の方が飯野さんと彼が経営する会社、fyto(フロムイエロートゥーオレンジ)を紹介してくれました。アイデアや洒脱さがほとばしっているような、何とも形容しがたい飯野さんの迫力に魅了された我々は、自販機のデザインを含めたプロジェクトマネジメントをfytoにお願いすることにしました。