伝統的文化・景観を色濃く残す離島に滞在型リゾート施設を

 沖縄の離島に6月、リゾートホテル「星のや 竹富島」が開業した。星野リゾート(本社:長野県軽井沢町)が展開する「星のや」ブランドの新施設だ。島に残る伝統的な建築様式を受け継ぎながら、インバウンド(訪日外国人旅行)も含む現代の滞在型観光のニーズを満たす施設をつくり、新しいリゾート体験をもたらすことを目指している。

 今回は「特別編」として、星野リゾート社長の星野佳路(ほしの・よしはる)氏に全国各地のホテル・旅館の運営や再生事業を手がけてきた「クライアント」の立場から、建築家・デザイナーと“場所”、観光産業について語ってもらった。「伝統」を重んじるこの島での場所づくりが、今どのような意味を持つのかを読み取ってほしい。

星野佳路氏
ほしの・よしはる。1960年生まれ。83年慶應義塾大学経済学部卒業、86年米国コーネル大学ホテル経営大学院にて経営学修士号を取得。91年星野温泉(現星野リゾート)社長に就任。95年星野リゾートに社名変更と同時に「軽井沢ホテルブレストンコート」(リニューアル)を開業。以降、数々のホテル・旅館の運営、再生事業に携わってきた。沖縄の離島群ではほかに、ニラカナイ西表島、リゾナーレ小浜島を2011年から運営している(写真:星野リゾート)

──星野リゾートが展開しているホテル・旅館事業のなかで、星のやブランドはどのような位置づけになるのか。そこからお聞きできればと思います。

星野佳路氏(星野リゾート社長/以下、星野): 現在、全国で28施設を運営しています。これらは、大きく3つにブランド化して展開中です。大人のためのファミリーリゾート「リゾナーレ」、日本初となる温泉旅館ブランド「界」、そして星野リゾートのなかで最もラグジュアリーなブランドと位置付けている「星のや」です。

 海外旅行に出かける日本人は今、1600万~1700万人に上ります。そうした人のなかには国内のリゾートは少し遅れているという認識を持っている人もいるのではないかと思います。星のやの役割の一つは、海外に目が向かっている日本人旅行客を呼び戻すこと。もう一つは、海外から訪れた方々に「日本にも一流のリゾートがあるんだ」と知ってもらうことにあります。両方を視野に入れ、世界に通用するリゾートを国内にもつくっていきたい、というのが私たちの狙いなんです。

「星のや 竹富島」の客室棟。琉球赤瓦と白漆喰(しっくい)による屋根、琉球石灰岩を積み上げた「グック」と呼ぶ石垣、この地域に特有の白砂を敷いた路地や庭。典型的な沖縄のイメージを体感できるリゾート施設としている(写真:星野リゾート)
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「星のや 竹富島」。見晴らし台から見る。既存集落から離れた島の東側の海岸近くに位置する。敷地内の緑の大半は外来種のギンネムで、残してシンボルなどにできる樹木はわずかだった。今後、時間をかけて本来の植生に戻す(写真:日経アーキテクチュア)
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──軽井沢(2005年開業)、京都(09年開業)に続く3番目の星のやを沖縄の離島、竹富島に開業することになった経緯を教えていただけますか?

星野: 沖縄の離島の活性化策を検討する内閣府の委員(美ら島ブランド委員会、2005年)として、竹富島を訪れたのが最初です。そのときに知り合った方々が翌年、相談に来た。「戦後に島の土地が売られていき、所有者も分散していった。島としては文化と風景を守ることに力を注ぎ、それが今の資産になっているものの、島外の人たちの持つ土地が今後どうなるかは分からないという不安もある」と。そこで07年に、星野リゾートと地元事業者が共同で「竹富土地保有機構」を設立し、約80haの土地を12億円で買い戻しました。その借金を観光事業によって返済し、将来は竹富土地保有機構を財団法人にして島の人間がコントロールできるようにする。そうした島としての課題を解決するための事業スキームを組んだわけです。

 一方で僕が関心を持ったのは、彼らが島の文化と風景を守ろう、守ろうとすればするほど、観光産業の面では後れを取っていったんですね。日帰りの観光が増えていき、旅行代理店や船会社にはそこそこの売り上げが残るものの、島のなかにはお金が落ちない。滞在時間が1時間とか30分とかになっているわけですから。そこで、もう少し滞在型の観光を増やし、ちゃんと島にお金が落ちる形態に変えていこうと。私たちは、同時にそう提案したんです。