「多様性のモデル」を美しく描けるどうかが課題

──新しいことを提案していく役割を、これまでも建築家は果たしていたのだろうと思います。一方で、建設会社や住宅メーカーといった圧倒的な多数を担っている企業がいまのままならば、表面的にはそれほどは違わないのではないでしょうか……。

西沢:でも、アップルのようにマスに向けて相当にユニークな提案をして、成功しているところだってありますよね。建設会社も住宅メーカーもデベロッパーも、大企業も個人もみんな同じで、いままでどおりの提案しかできないようでは生き残れない時代なんです。新しい夢を描けなければダメだということは、むしろマスに向けた大企業のほうがいま切実に感じていることではないでしょうか。既成のものとは違う新しいモデルをつくることの大切さは、ビジネスに能動的に関わっている人々であれば、みんな変わらずに認識していることだと思います。

 そのときに多様性というものをどう理解するか、どう受け止めるか。これは、いろんな人々、バラバラな人々がどう一緒に生きていくかに直結します。新しいモデルをどうやって美しく描けるかは、建築家だけではなく、社会に関わる全員が無関係でいられない大きな課題だと思います。

 軽井沢の美術館の話に戻ると、自然と人間がどう調和しうるのか、どんなカーブが快適なのかなども、多様性という問題に関係しているんです。

──「自由曲線は、空間的な“地域差”を自然につくり出してくれる」というお話もありましたね。

西沢:建築家である僕にとっては、非常に興味のあるテーマです。昨今の環境問題も、震災のことも、この問題意識とつながってくると思います。自然と人間の関係のつくり方、我々の住む環境のつくり方が、いま問題になっている。

 他方で、我々は20世紀とはちょっと違う、新しい自然観みたいなものを徐々に発見しつつある。身体を超えていく有機性とでもいうのか、インターネットやコンピューター、そういうことに関係していると感じることがあります。コンピューターといっても、もはや機械だけの話ではなくて、人間の身体や感受性を延長するものになっていますよね。いままで人類が経験してこなかった感受性を、我々はいま獲得する局面に来ている。これからさらに広がっていくだろうと思うんです。

 チャップリンがかつて映画『モダン・タイムス』(1936)で描いた世界、人間と機械が対立する世界──そういう単純な図式では説明できないことばかりになっている。僕らは、そのころとは異なる新しい図式、新しいモデルを見いだす必要があるんです。

西沢立衛氏(写真:日経アーキテクチュア)

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 東京で暮らしていると、久しぶりに訪れた地に突如として新しい高層ビルや装いを変えた公共施設が現れていることも少なくない。もちろん完成までにはさまざまな検討や議論がなされてきているわけで、それを計画する人、設計・施工する人、その地で暮らす人・働く人にとっては突然のことではない。でも、建設の過程を知らなければ、やっぱり自分とは関係のないことだろうし、すぐには親しめない人も多いのだろうと思う。

 「“いま的”なことだけで(東京が)できている感じ」がたしかにあるのは、つくる側、使う側のお互いが共有してきた建物・街を通して未来や夢を描くことを、あまりしなくなったからかもしれない。多様な人間が住み、生き方や働き方はさまざまでも、その1人ひとりが明るい未来や夢を描く街。そこにふさわしい「使いたくなる場所」が増えていけば、たしかにもっと楽しい生活が待ち受けていそうだ。

 西沢氏が話すように、街はみんなのものであり、建築や場所の使い方にルールはない。ボールを受けたり投げ返したりする立場で、"自分ごと"の視点を持って街を歩き、建築や場所に触れてみれば、いつもとはまた違う魅力──機能、愛し方、使い方を発見できるのかもしれない。建築や場所それ自体が、いろんなきっかけを生み出してくれるはずだ。

(文/谷口 りえ=ライター)

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 日が注ぎ、館内に起伏のある常識破りの美術館

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 2011/11/25号 ズームアップ 軽井沢千住博美術館


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