建築は数十年、百年先の未来のためにつくるもの

──では、そのときに「使いたくなる」ことまで設計できるのかどうか。愛される場所を設計できるのかどうか、という質問と一緒ですね、これは。

西沢:もちろん僕としては、いろんな人に対して「開かれたもの」をつくりたいと思って設計してはいますけれど、しかしだからといって、みんながみんな好きになってくれるわけではない。建築には個性が必ず出てきますからね。つくる人間の個性、使う人間の個性、いろいろですけれど、やはりものづくりの世界ですから、その人の価値観が強烈に出てきます。だから、同じ間取りの住宅をみんなで一斉につくっても、建築家によって全然違う住宅ができるんです。これはすごく重要なことです。建築は個性的なもので、個性のない建築は味気なく、つまらないものです。

 また、建築というのは過去のためにつくるものではなく、今後数十年、百年単位の未来のためにつくるものですから、未来はこうあるといいな、といった展望みたいなものがどうしても表れるんです。自分の生活が変わるのか?っていう身近な未来、もっと大きな未来、両方とも僕は気になる。依頼してくださる方も、そういう「夢」を期待している場合が多いのではないかという感触はあります。

 こう使うのがいいんじゃないかとか、こう住むのがいいんじゃないかとか、相当のことを建築は語るわけです。それが、やはり個性になるんだと思います。聞きたいことと違う話になっていませんか(笑)。

──大丈夫です(笑)。いまお聞きしながら思っていたのは、使っている人たちはなぜ、そうした個性のある建築のことをあまり気にはしないのかなっていうことです。もっと「愛される」ものでいいはずなのに、それほどは意識されていないんじゃないかなと。

西沢:特に東京にいると感じるのは、東京では建築物は文化というよりも、なんていうのか、消費物というのか、消費財になってしまっている気がするんです。

 マンションや一戸建て、あるいは自動車もある程度そうですけれど、新品のときが一番価値があって、使っていくに従って価値が目減りしていく。中古品になると価値が下がっていく消費財のようなもの、経済性を重視したもの。建築はそういうものだと理解されているところがあるように思います。

 でも、日本のお寺や民家、ヨーロッパの街などを見れば分かりますけれど、本来は建築も街も、古くなることによって価値が減るものではないんです。長い時間を生きてきた京都を新しくつくり替えたら当然、価値が落ちてしまいますよね。米国の20世紀のケーススタディハウス(建築家による量産を前提とした実験住宅)などを見ると、あちらは「do it yourself」の文化ですから、中古で買った人が自分で修理をしたり手を入れたりするなかで、いまも価値が上がっている。そうやって手をかけることによって価値を守るっていうのは、むしろ普通のことなんですよ。でも、東京では使えば使うほど、住めば住むほど建物の値段が落ちていくものなんですね。

 日本の建築文化のすばらしさって、軽さや透明さが象徴的なものですよね。その軽さや透明さというのはたしかにつくり替えやすい性質のものではあるんですけれど、建築や街が消費財でいいということとは全く違う。それは我々の文化を何百年も支えてきた非常に尊いものなんですよ。

──西沢さんが思い描く未来って、どんなものですか? 「未来」という言葉をよく使われているので、どんなことを期待されているのかに興味があります。

西沢:それも難しい質問ですね(笑)。やはり重要なことは、多様性のモデルとでも呼ぶのでしょうか……それを描くことが大きな課題だと感じています。

 これまでの時代、戦後の高度経済成長期などは、みんなが同じようなライフスタイルで、同じような家族構成で、同じような家に住んで、かなり多くのことが共通していたんだろうと思います。でも、例えば、これからは標準的な家族像などは想定できませんよね。家族といっても子供がいないとか、逆に子供だけとか、血縁関係のない家族とか、独りだって家族と言えるんじゃないかとか、移民に関する議論もこれから起こるでしょうから、そういう多様化のなかで建築を提案しなければなりません。

トレド美術館ガラスパビリオン(SANAA/2006年完成)。米国オハイオ州の美術館に併設されたガラスアート専用パビリオン。駐車場を公園にした中に建設している。公民館的な性格を持たせ、カーブするガラス壁によって「人々を招き入れる」空間をつくった(写真:SANAA)
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サーペンタインパビリオン(SANAA/2009年完成)。英国ロンドンの「サーペンタイン・ギャラリー」のために建てた、ひと夏用の仮設パビリオン。機能はカフェとレクチャーホールで「公園の中にもう一つ公園をつくる」ことをコンセプトに設計した(写真:IWAN BAAN)
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ROLEXラーニングセンター(SANAA/2010年完成)。スイス連邦工科大学ローザンヌ校のキャンパス内に建てた学生会館。隆起する巨大なワンルーム内に全ての機能を収めた。床と天井(屋根)が平行に同じカーブを描くところが千住博美術館と異なる(写真:SANAA)
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