使い手は常に、つくり手の想像を超える

──なるほど、時間の長さという以上に繰り返しのパワーが関係するのでしょうか。

西沢:繰り返すことによって生まれる愛っていうのは、一人の人間の場合でもそれなりのものですから、江戸時代からみんなで繰り返し使ってきているとすれば、それはもう重みのあることなんですよ。たやすくは壊されるべきでない建物、たやすくは変えられるべきではない街がつくられていく。もちろん、それは新しい時代の人間が、新しい時代のために変えていいものではあるんです。でも、大きな勇気が求められることは明らかですよね。

 歴史に敬意を払わずに街を変えてしまうことは、日本の都市ではよくあることです。例えば、古い街区を全部壊して丸ごと新品の街にしてしまうことは、東京ではよく起こる。つくり替えるのがいけないわけではありませんけれど、それによってやはり最初はよそよそしいものが生まれます。その時点から我々は、それを愛すべきものにするまでに何百年もの時空を費やさないとならないかもしれないのです。

 そうした文脈で語るならば、現代の東京はなんていうのか、まるでいま必要なものだけで街をつくっているようなところがある。「いま的」な価値観だけで街をつくりすぎてはいないだろうか、という感覚を覚えることはよくあります。東京の開発の仕方、建物の壊し方にはどこか「いましかない」ような感じがあるのはたしかです。

──発注者の求めるものがそうした「いま的」な価値観に偏っている場合に、西沢さんの側から「それだけでいいのか」と問い掛けるのですか?

西沢:時空がいかに尊いかは、みんなが経験で分かっていることですよね。結論はともかく、議論していくことの大切さは間違いなくあると思います。仮に結論が僕の望まないものになったとしても、街はみんなのものですから、みんなで議論していくべきなんです。

──使う側との関係でいえば、設計のプロセスで市民や利用者を巻き込み、ワークショップなどを重ねながらつくるような事例もあります。

西沢:そうしたワークショップで、建築をどう使っていくのかをみんなで議論した結果、深い理解に達することはたしかにあります。

 でも、人間が空間やものを使うということは、本当に驚くべきことなんですよ。いくらワークショップを開いても、いくら事前に議論し合って了解し合っても、できてからのことは予想がつきにくい。それぞれの人ごとのイマジネーションに関わることですから、僕らが事前に全部、想像できることではないんです。オープンしてみたら「なんじゃこりゃ」っていうことが(笑)。

──あるんですか(笑)。

西沢:多々あります。僕だけではなく、発注者自身が「市民はこう使うのか!」とびっくりしたり、感動したりすることも少なくありません。

 それは、ある意味で人間が空間を使うことのすごさでもあるし、人間のイマジネーションのすごさでもあると思うんです。完成後しばらくして建物を見にいきますよね。だいたいの場合、印象的な使い方に遭遇しますから。

──想像した通りにならないとはいっても、設計のプロセスで使う側とのキャッチボールができるのであれば、それは大切なことなんですよね?

西沢:はい。ワークショップとか議論とかっていうのは、無理にやってもよくない。でも、建物を本当に必要としている人々、前向きな人々が一緒になって議論することができるのであれば、それは本当にすばらしいことなんです。そうした議論はみんな情熱があるから、だいたいは押し合いへし合いの大変なことになる。みんな利害が異なるし、考え方も異なる。もちろん、それぞれがなんらかの妥協をしなければならない。

 そういうものではあるんだけれど、押し合いへし合いを経ることによって、みんなが納得できるものに近付いていく。また、そのことによって建築にある種の迫力が出てくるところがあるんです。建築って、なんの抵抗もなくポンってできちゃうと、ちょっとアイデアに走ったものになりがちなんですね。コンペティションであるとか、いろんな議論の場や批評の場を通るか通らないかで、やっぱりできる建築の迫力は違ってくるような気がします。

十和田市現代美術館(西沢立衛建築設計事務所/2008年完成)。常設の作品(作家)ごとに大きさや採光を変えた白い展示室を個別に用意し、これらを分散配置してガラスの回廊で結んでいる(写真:日経アーキテクチュア)
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十和田市現代美術館。市は約1.1kmの「官庁街通り」全体を美術館と見立てて、3つのアート広場など整備。美術館はその中核施設で、建物の構成や屋外展示によっても街との融合を図っている(写真:吉田 誠)
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十和田市現代美術館。館内のカフェは入館者以外も利用できる。大きな開口部を通して、官庁街通りの交差点からもカフェ内の様子を見ることができる(写真:日経アーキテクチュア)
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