震災の日の夜、テレビのヘリが映し出した宮城県気仙沼市は、真っ暗な町を一面の炎が覆いつくしていた。信じたくない被害の深刻さを、日本中が目の当たりにした瞬間だった。

 その気仙沼で今何が起こっているかを、いち早くブログに載せて報告したのが、現場でロケをしていたお笑いコンビ「サンドウィッチマン」のふたり、伊達みきおさんと富澤たけしさんだ。

 「連絡取れない方はここ(ブログ)のコメント覧を掲示板がわりにして安否確認して下さい」

 17時10分には富澤が気仙沼からそう呼びかける。翌朝、伊達が現地から発信した「必ず復興します!日本をナメるな! 東北をナメるな!」というメッセージは、海外メディアでも紹介された。

 その言葉の通り、義援金集めや仙台ライブなど、被災地のためにさまざまな行動をおこしてきたふたり。彼らが震災からの1年を語った。

サンドウィッチマンの伊達みきお(左)と富澤たけし(右)。ふたりとも宮城県仙台市出身で、結成は1998年。生まれた年が1974年、身長が170cm、体重が80kg台後半という点もふたりで共通する。お笑いコンテスト「M-1グランプリ2007」では敗者復活戦からの優勝で話題になった。2011年に全国6都市で行った単独ライブのDVD「サンドウィッチマンライブツアー2011~新宿与太郎完結篇~」(3990円)が発売中

――まずは、3月11日当日のことについて、あらためてうかがってもいいですか?

伊達みきお(以下、伊達):地震が起きたのは、地元テレビの番組のロケが終わって、ロケバスに乗ろうとしていたときでした。

富澤たけし(以下、富澤):場所は気仙沼の魚市場のあたり。バスに乗ろうとすると揺れが起こって、やがて地鳴りみたいなものが聞こえた。ほんとに地面が割れるんじゃないかという揺れでした。ただ、揺れが収まったときは、よかったと思うくらいで、そのあと津波が来るなんてことは考えもしなかったです。

――その後、スタッフの指示で、山に避難した。

富澤:そうです。大変なことになったと実感したのは、その山で押し寄せる津波を見てからですね。その前も、ロケをしていた目の前にあったシャークミュージアム(サメの博物館「気仙沼リアスシャークミュージアム」)から人がたくさん飛び出してきたり、信号が止まっていたり、混乱はしてましたけど。

伊達:ふたりでまだ「明日の仕事行けるのかな」なんて話をしてましたからね。でも津波を見てからは、もう言葉も出なかった。ふたりとも無言だったんじゃないかな。

――それから近くのホテルに避難して一夜を過ごすわけですが、そこでブログを発信したんですよね。ご自身も危険のすぐそばという状況のなかで、情報を伝えた。そのときのお気持ちは?

富澤:ホテルに避難していても、入ってくるのはラジオからの音の情報だけ。どこどこで犠牲者が出たと聞いても、状況がわからないことも多かった。僕らは、まだ電話が通じていた地震直後に家族と連絡が取れましたが、スタッフはそれもできずにずっとカメラを回してました。じゃあ、とりあえず安否だろうと。ひとりでも多く、無事を知らせられればいいと、まずは僕らと、クルーの安否を伝えるために、ブログを書きました。

伊達:僕も、ただただ夢中で文字を打ち込んでいたという感じですね。その後、すぐに義援金の口座を作ったのも、今考えると、そのときの勢いというか、じっとしていられないという気持ちが大きかった。みんなを励ますぞとか、行動を起こすぞ、みたいな意識は、ほとんどなかったと思います。