クリエイティブは日常のなかにあふれている

 大きなスケールに触れること、身近なスケールに触れること。自分たちは普段それらの間を行き来しながら、人生を楽しんでいる。そうやって暮らすこと、空間を使うこと自体が創造的であって、それをつくる側も受け止めて投げ返してくれるのだとしたら。毎日がクリエイティブなことにあふれている!──と、西沢氏の話にうれしくなる。

 これまでは美術館にあまり行く機会がなかった人たち、あるいは自分のように「アート」の前ではかしこまってしまう人間の心を解きほぐす力が、うまくデザインされた空間にはあるのだろう。そんな愛される場所は、どうすればつくることができるのか。後編では、西沢氏が終わりのほうで話している「使い手とのキャッチボール」についてさらに詳しく聞く。

(文/谷口 りえ=ライター)

「建築」ではない、“空間情景”だ
 日本画家の千住 博氏(1958年生まれ)は現在、米国ニューヨークにアトリエを構える。現地時間の午前7時、朝いちばんの制作活動の前に電話取材に応じていただいた。軽井沢千住博美術館に込めた同氏の思いの一部を紹介する。
千住 博氏(写真右)と西沢立衛氏(写真:田中和人)


千住 博氏: 美術館というのは特殊な場所だと思われがちだけれど、人が絵を見るということはむしろ、一番自然な行為なはずなんですよ。美術館の「暗く閉ざされたイメージ」というのは歴史的なものも背負い込んでいるわけですけれど、「いい加減にしてくれ」っていうのが僕の気持ちだったんです。「もう、そういうのはやめようよ」って。最大限、人々に対して開かれていく空間はどんなものだろうかと、西沢さんと一緒に煮詰めていきました。

 いままでの美術館は異常なほど「防衛する装置」に満ち満ちていたわけです。額縁に入れてガラスにはめるとか、柵をつくって近付くと警報が鳴るようにするとか。やっぱり人々と距離があったんですよね。それは美術館の側が人々のことを信じていなかったからです。むき出しにしていると盗まれちゃうんじゃないか、いたずら書きをされちゃうんじゃないか、と。でも21世紀はお互いが信じ合うことを軸にしないと立ち行かなくなるんじゃないかと僕は思っています。だから軽井沢では絵を覆っているガラスは外せるものは外していますし、大きい作品は額も外してしまい、むき出しにしています。

 芸術家は「相手を信じる」ということが仕事なんですね。信じ合うことを示す。何があっても不屈の精神で関係を修復していく。それがイコール人間らしい生き方であり、芸術性だという思いがあります。だから、全方向的に人を信じるということを表現するのが、僕たちにできるメッセージなんじゃないかなと思うんです。

 西沢さんは「世界で一番革命的な建築家」だと僕は思っています。僕もニューヨークに住んだりとか蛍光塗料を使って絵を描いたりとか、日本画のなかでは革命的な生き方をしているつもりです。そういう意味では波長の合う仲間だという意識がすごく強くある。だから話がとんとん拍子に運んだんでしょうね。

 SANAAも僕は好きなんですけれど、妹島和世さんという極め付きの天才タイプと一緒に組んでいるので、一つはまず「恐れ多い」というのがあったんですね。SANAAには金沢21世紀美術館(2004年完成)という大傑作があるだけに、また僕は妹島さんを大変尊敬しているだけに、そう感じたんです。それから僕が見る限り、西沢さん独りのほうが、より"危ない"感じがあるんですよね(笑)。今回、僕が関わるなかでは唯一何をやってもいい空間になる。それもあって、西沢さんに頼むことにしたんです。

 2人の建築では、ニューヨークのニュー・ミュージアム・オブ・コンテンポラリー・アート(SANAA/2007年完成)も金沢21世紀美術館も本当に好きな空間ですし、十和田市現代美術館(西沢立衛建築設計事務所/2008年完成)なども、ほかにはなかなかない面白さがあります。

 そういう美術館を僕独りがイメージしてつくるんだったら、西沢さんは要らないわけですよね。そうじゃなくて、僕と西沢さんが話をして、どんどん遠くにボールを投げていった。お互いにキャッチボールしていったという感じなんです。「自由曲線で行きましょう」「壁は全部ガラスにしちゃいましょう」とか「床全体が傾斜しているので丘の形に沿うようなものはどうだろうか」とか。でも、本当を言ったら、すごく危ない選択なんですよね。妹島さんがいたら「ちょっと待った!」ということになったのかもしれない。

 “危ない人”と付き合うのって楽しいじゃないですか。もちろん、絵を見にきてくれた人を危ない目に遭わせない配慮をしたうえでのことですけれど。

 一緒につくって分かったのは、西沢さんはとても柔軟な人。秀才の建築家はどうしても、あくまでも建築という領域のなかにとらわれがちなんです。でも西沢さんが出してきたものは、もはや建築ではない。“空間情景”だった。丘があって、丘に沿った屋根があって、ガラスで囲う、というだけで成立させているんですから。

 いままで地球上に存在しなかった種類の新しい建築のあり方というか、限りなく自然に近付く、最接近した例だと思うんですよね。いろんな可能性を持っていて、僕も西沢さんも気が付いていないくらいの可能性を秘めている。生き物ですね。そういう意味で「未来的」なんです。いままであった美術館とは違う空間のなかで、多くの方になるべく身近に僕の作品に接してもらいたい。

 建築の大きな曲がり角をつくったんじゃないでしょうか。前例のないことを必ずしも評価するわけではないけれど、今回の場合は、それがいい方向に行ったんじゃないかと思います。(談)

・ウェブサイト『ケンプラッツ』に掲載の関連記事をお読みいただけます。
 日が注ぎ、館内に起伏のある常識破りの美術館

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 2011/11/25号 ズームアップ 軽井沢千住博美術館


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