いまの時代にとって「カーブ」は示唆的だと思う

――「いままでにないもの」というリクエストには具体的にどう応えたのでしょう?

西沢:絵画を一つの彫刻作品のように独立して見せています。今回すごく苦労した点です。美術館では普通、大きな一つの壁に複数の絵画を並べて展示していますよね。そういう展示方法だと連続性は表現できるんですけれど、絵画が持つ個々の世界は感じづらくなる。そこで、絵画作品一つひとつのプライバシーを重んじて、単独に鑑賞できる空間をつくろうとしました。おのおのの作品を離して設置し、それらの間に緑を配する構成になっています。

 言い換えれば、大きなワンルームがあって、そのなかに絵画作品が分散して並んでいる。人々が作品から作品へと移っていくときに、それらが幾重にも折り重なって見える。同時に中庭からの自然光や、そこにある緑を感じ取ることができ、全体として林のような、あるいは緑園のなかを歩くような美術館になっています。千住さんの作品が軽井沢の光や緑と調和する、融合する――そういう美術館を僕としては目指しました。

 絵画作品をワンルーム全体に分散配置するということは、展示する場所となる壁柱の配置が展示計画そのものになるわけです。プランニングの段階ではすでに展示作品の6~7割が決まっていたので、おのおのの作品の高さや幅はどれほどか、どう展示するかなどを見極めながら、それをもとに天井高や屋根の形を決めていきました。この壁柱は展示場所でありながら、建物を支える構造壁としても機能しています。絵画の展示壁以外には構造体がない空間をつくろうという意図からです。

 とはいっても、構造計算上の理由で、壁の位置はどこでもいいというわけではなくて、ある程度バランスよく配置する必要があります。最初は絵画がどう見えるかを優先していますけれど、途中から構造設計者の佐々木睦朗さん(佐々木睦朗構造計画研究所代表)と議論し、意匠と構造の間で調整しながら着地点を探りました。壁柱の配置については佐々木さんの事務所と何度もやり取りを繰り返して、最終的にいまの形になっています。

――なるほど……。中に入って一瞬「普通では?」と私が感じたのは、壁に囲まれていない開放感から来る印象かもしれません。

西沢:美術館だからといって絵画を鑑賞するだけではなくて、公園みたいな「快適な場」とでも言うんでしょうか、くつろげる空間にしたかったんです。いわゆる展示室というのは、作品と対峙するすごい緊迫感──「ゴッホを見ねば」とか「何か印象深いものを思わねば」とか、なんとなく“絵との一対一の対決”みたいな感じがありますよね。それも重要なことではあるんですけれど、もうちょっと環境を感じるというか、快適な場というか、くつろいで作品をもっと自然に感じることができる空間を目指しています。

 作品の前にはソファなどの家具を置いて、そこに座って独りで作品を鑑賞したり、庭の木々を見たりする。ある意味でリビングルームにいるような感じ、あるいは公園のベンチに座っているような感じ──そういうプライベートな感覚で快適に過ごしてもらいたいという思いで設計しています。

 美術館って、なにかタイムスケジュールを決められてしまうところがありますよね。友達と行っても、おのおので巡回して全部を見てから、大体1時間後に待ち合わせる、といったような。でも、ここでは時間にとらわれない居心地のよさを重視したかった。巡回路もなく、自由に歩いてくつろげる“開かれた感じ”にすることを考えています。

――もともとある地形や周辺の環境になじませる。同時に「快適な場所」を生み出す。特にポイントになったのはどこですか?

西沢:僕としては、緩やかに変化していく有機的なカーブは、非常に大きな、挑むべき最大の問題の一つでした。床も壁も天井も屋根も、全部が自由曲線になっています。床がカーブしていると、場合によってはすごく快適ではない、とても厳しいものになる。それに注意して、人間的というか、親しみやすいものにする必要がありました。

 それは単に「高低差をつなげばいい」っていうものではないんです。やはりそれをつないでよかった、快適なものになった、という状態まで持っていかないと、「斜面を利用した空間」がなんのためのものか分からなくなっちゃうので、そこが最も苦労したし、最も大きな問題の一つでしたね。

──これまでも、カーブするガラスの壁などは多用していますね。

西沢:カーブにはずっと興味がありました。直線と同じくらい重要な問題だと感じています。なにかこれからの時代を示唆するものが多々あるような気がしているんです。それは、数学的な円弧とか放物線とか双曲線とかではなくて、もうちょっとあいまいなものです。例えば円弧って、脱線できない。そういう規則的なものじゃなくて、もっと次が予測できない、脱線とオン・ザ・ラインの違いがないようなカーブ──あえて言えば「自由曲線」が一番近いのかもしれません。しかも、僕らはボロミーニ(17世紀のバロック様式を代表する建築家)やアール・ヌーヴォー(19世紀末からの美術運動)のカーブから多くを学んではきたけれど、いまの時代の人々の感覚は、それらとは決定的に違うカーブを志向していると思っています。

 我々は真っ直ぐには歩きませんよね。きちんとした道路がなかったら、直線で歩く人はほとんどいないんじゃないですか。例えば草原とか砂漠とかを歩くときには、もっとふらふらと、なんとなく地形に沿って適当に歩く。実際に街というのも、大体がいいように曲がったりして適当な感じでできているんですよね。そのほうが人間的と言えるし、ちょっと語義矛盾ですけれど、自然的とも言える。

 これはとても面白いことで、平らな床の美術館などと比べて、起伏のある床だと人によって自分の好きな場所が変わってくるような気がするんです。光の入り方だとか、いろんな要素があるんですけれど、平らな床の空間に絵画がぱらぱら並んでいるだけだと、好きも嫌いもないっていうか、どこも同じようになる。そういう意味では、自由曲線は、空間的な「地域差」を自然につくり出してくれる。それは建築にとって重要な、理論的な骨格になる予感があるんです。

 平らとは、すごく違う。作品の個性、寸法、そういうものに応じても場所の感じが違ってくる。空間的な地域差や個性が、そういうところから生まれてくる。水平な床の場所とは違うことが、そこで起こるんじゃないかと思います。

建物の外周は全面ガラス張り。内部では絵画を飾る独立した壁を耐震壁として兼用し、構造体の存在感を弱めている。このため、従来の美術館とは異なる開放的な雰囲気を持つ(写真:阿野太一)
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カーブを描くソファを随所に置くなどして、リビングで過ごすような気楽さで鑑賞できる場所づくりを目指した。ソファも西沢氏によるオリジナルデザイン(写真:阿野太一)
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