「生きているうちは修復すればいい」と千住氏

 建築設計を担当した西沢立衛氏は、1995年から建築家の妹島和世氏とのユニットSANAA(Sejima and Nishizawa and Associates)として活動してきた。2010年には、SANAAとして「建築界のノーベル賞」に例えられるプリツカー賞(米国ハイアット財団が授与する賞)を受賞している。日本人としては95年の安藤忠雄氏以来、4人(組)目の快挙だ。並行して97年には自身の事務所を設立。国内の美術館や住宅の設計も手掛ける。千住博美術館は、西沢立衛建築設計事務所単独で設計したものだ。

 通常、美術品を展示する場所には自然光を必要最小限しか取り入れない。開口部が一つもない部屋をつくることもよくある。大切な作品が紫外線や熱の影響で劣化するのを防ぐためだ。四方を壁で囲まれた、たいていは白色の空間にずらりと作品が並び、順路に従って鑑賞する。高級感のある額縁に入れて作品を飾り、その周りに目に付くのは、いたずら防止の注意書きや進入禁止のロープ……。これも作品を守り、来訪者のマナー違反や万一の事故を未然に防ぐための、美術館ではよく見かけるセキュリティ対策だ。

 ところが、千住博美術館では最初に触れたとおり、これらの「常識」をいったん取り払っている。全周がガラス張りで、しかも展示室内にはやはりガラス張りの中庭が4つもある。作品はむき出しで、注意書きや進入禁止のロープなども一切ない。これらは 千住 博氏本人の強い意向によって実現した。絵画を日光から守ることやいたずら・盗難を防ぐ配慮は、あえて後回しにすることを認めたうえでのことだ。

 「自分が生きているうちは、作品は修復する。『人が信じ合うこと』を示すのが芸術家の仕事だ」と、今回のためのインタビューに千住氏は答えている。

 展示方法のほか、空間のデザインにも「いままでにない」チャレンジがある。この建物では床と屋根(天井)は同じ形状を描くのではなく、それぞれが全体に不規則にカーブしている。西沢氏が関わった建築のなかで、斜面に沿うような床を持ち、さらにそれとは別個にカーブする屋根を架けた空間は初めてになる。絵画を一点ごとに体験できる環境にするために、こうしたつくり方が必要だと判断したという。

 「いままでにない」のに、これほど自然に普通に過ごせる鑑賞空間は、どのようにしてできたのだろうか。詳しく聞いてみた。

ガラス張りの中庭から光が差し込み、明るい館内に作品が点在する。千住氏の要望に沿い、絵画を展示する施設としては常識を破るデザインが実現した(写真:阿野太一)
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金沢21世紀美術館。2004年開館。設計:SANAA。円形プランの建物に四角い部屋を幾つも配置している。内側が有料の展示ゾーン。地下室のような空間を歩かせる施設は避けたいという考え方から、展示室と光庭を間隔を空けて点在させている。順路は鑑賞者が好きに決めることができる(写真:吉田 誠)
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豊島美術館(香川県)。2010年開館。設計:西沢立衛建築設計事務所。瀬戸内海を見下ろす緩やかな斜面に、水滴をイメージした3次元曲面のコンクリートシェル(殻のような構造物)をつくった。内部は約60m×40mの柱のないワンルームで、内藤 礼氏によるアート作品と建築、周辺環境が一体化している(写真:日経アーキテクチュア)
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西沢 立衛(にしざわ りゅうえ)
西沢 立衛
●経歴
1966年東京都生まれ。90年横浜国立大学大学院修士課程修了。95年妹島和世氏と共同でSANAA設立。97年西沢立衛建築設計事務所設立。2010年より横浜国立大学大学院Y-GSA教授。主なプロジェクトに「金沢21世紀美術館*」「 ニュー・ミュージアム・オブ・コンテンポラリー・アート(米国ニューヨーク)*」「十和田市現代美術館」「豊島美術館」など。(*はSANAAによる設計)
(写真:日経アーキテクチュア)