“普段使い”の気安さで散歩できる場所

 冬季の休館を前に、「軽井沢千住博美術館」(長野県軽井沢町、以下・千住博美術館)を現地取材のために訪れた(この3月から再オープン)。集めた資料で事前に“勉強”してみたところ、ニュース記事などに決まって使われていたのが「いままでにない美術館」といった意味合いの言葉だった。建築界の「ノーベル賞」(後述するプリツカー賞)を完成の前年に受賞したばかりの西沢立衛氏(にしざわ りゅうえ、西沢立衛建築設計事務所)が、どれだけ「斬新」な建物をつくったかを伝える、キャッチーな表現が躍っている。

 西沢氏に設計の意図などを聞く前、ほかではできない体験ができるのだろうと予想して訪問した美術館は――誤解を恐れずに書けば、ごく「普通」だった。

 千住博美術館の展示空間は全面ガラス張りで、床にも天井にも緩やかな下りと上りのカーブが付いている。色とりどりの葉を持つ木々や草花に囲まれ、建物の姿は外からはほとんど見えない。さて、筆者はこれのどこを「普通」と受け取ったのか。その秘密を探る前に、少しだけ都内にある美術館の話を──。

 筆者は東京・白金台にある東京都庭園美術館が好きで、たびたび足を運んでいる。美術館巡りが趣味なわけではない。むしろ、アートに興味のある人だけが集まっている雰囲気が苦手で、もっと気楽にその場所にいることを楽しみたいと思ってしまうことが多い。庭園美術館はその名のとおり、広々とした庭園のなかにある美術館で、庭園の側にもさりげなくアート作品を置いていたりする。自然教育園に隣接することもあって緑がたくさん残り、ゆったりと過ごせる場所になっている。だから、庭園美術館の敷地全体が気に入っているといったほうが正確かもしれない。散歩に飽きて気が向いたときは、美術館に入る。そんなふうに、気まぐれになにげなくひと巡りして「たまには美術館もいいね」などと調子のいいことを思って帰る。

 千住博美術館を「普通」だと感じたのは、それと似たような過ごし方ができるからだった。展示室にちりばめられた作品が繊細な画材による日本画であるにもかかわらず、日常の散歩ルートの延長にあるような誰でも受け入れてくれる場所になっているのだ。素直にそこに浸ってしまった。

 普通の人間が気負わずに“普段使い”のために訪れてもおかしくない。それで少しだけ得をした気分になって、日常に戻ることができる。こんな場所が、いつもの暮らしのなかに現れたら当然うれしい。だから、ごく「普通」なのだ。後日の取材で、それが気の遠くなるような設計作業によって可能になったことを知るわけだが…。

 西沢氏に話を聞くうちに分かったのは、使い手にそういう感覚を与えることが、街のなかに長く存在し続ける場所としてとても重要なのではないかということだ。地域との一体感を持つ美術館を数多く手掛けてきた同氏による「場のつくり方」を2回に分けてお伝えする。

2011年10月に開館した軽井沢千住博美術館。世界的に活躍する日本画家・千住 博氏の初めての個人美術館だ。同美術館を運営する公益財団法人 国際文化カレッジは、同年時点で千住氏の作品を約100点収集。開館時には、そのうちの47点を展示した。積雪時期の冬季は休館しており、新春3月からまた観覧可能になる(写真:阿野太一)
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