反日感情とか反日デモという言葉にはいつも暗い影が付きまといます。そのような状況下では日本のビジネスパースンは、「困ったことになった」とただ弱気に構えるのが普通です。もっと身近なところでも、知り合いに反感を持たれているとか、顧客の一部が自分の会社に対して強い反感を抱いているといった場合には、私たちはなるべくそういった人達に近づかない逃げ腰な姿勢を取りがちなものです。反感を好意に変えようなどとは間違っても考えることはないでしょう。

ウィスコンシンの小さな駅

 そんなときに、そのような反感こそ好意への近道だ、と主張するのはいかにも無謀なことだと読者諸氏はお思いになるかもしれません。でもまずは、遠く70年前に米国ウィスコンシン州の田舎の駅で起こったつぎの出来事に注目してください。



 1942年の初め、戦争が始まって数週間後のことで日本人スパイのうわさが盛んの時であった。わたし(著者は日系人)はウィスコンシン州オシュコシュという初めてきた市の小駅で、2、3時間待たなければならないことがあった。時間が経つにつれ停車場に待っているほかの人たちが私に不安な疑いの目を向けていることに気が付いた。子供連れのある夫婦者が特に不安な目を向けて互いにささやき合っている。そこで私は夫君のほうに、こんな寒い夜、汽車が遅れるのは困りものですと話しかけた。夫君は同意した。わたしはさらに、汽車の時間の当てにならない冬期、子供を連れての旅行はなかなか骨が折れましょうと話しかけた。また男は同意した。それから私は子供の年齢を聞き、年齢の割りに大きく丈夫そうだと話した。ふたたび同意―――今度はかすかに微笑した。緊張は解けかかった。
 さらに二言三言、話を交わしていると、男はたずねた。「気を悪くなさらんで頂きたい。あなたは日本人ですな? 日本が万が一にでもこの戦争に勝てるとお思いでしょうか」
(※米国の世論どおりの「日本は勝てるはずがない」という話をした下りのあと)
 次のコトバは男の心から疑惑の壁がくずれたことを示している。「戦争中、あちらにどなたかおられないと良いですが」
(※このあと、日本の両親の話が続いて)
……会話が始まってから10分足らずで、二人はわたしを自宅に食事に招くというところまで行った。
(出展:S.I.ハヤカワ[著]『思考と行動における言語』岩波書店)


 これは、S.I.ハヤカワ『思考と行動における言語』原書第四版の翻訳(1985年 岩波書店)からの引用です。著者のハヤカワ氏は日系米国人の言語学者でこの出来事から大分たってから、サンフランシスコ州立大の学長や合衆国の上院議員を務められました。

反感はどう好意に変わるのか

 この話は70年ほど前の米国での話で、ビジネスとはまったく関係ないのですが、それは今日のブランドづくりにとって大いに示唆に富んでいます。ほとんどの企業や商品はこの話の中の米国人夫婦からみた見知らぬ「ハヤカワ氏」だからです。どんなブランドでも初めは知らない、使ったことがない人から始めなければいけません。今日、とくに都会の生活者は忙しく冷たい人たちです。知らないものにはまったく注意を払いませんし、万が一ブランド側がその人たちに初めて実際に接触できたとしても、その態度は冷淡で否定的なものに違いありません。みな軽い反感から始まると言ってもいいでしょう。10分足らずでそのような人たちと「食事に招かれる」ほど親しくなりえたというこの話には、ブランドがゼロから立ち上がるときに注意すべきヒントがたくさん含まれていることに気が付きます。

 軽い反感が好意に変わったあの10分間は何だったのでしょう。そこをよく見てゆくと、そこでは私がブランドづくりにとって大切だと思っている3つのことがきちんと起こっていたことがわかります。それらを順番に見ていきましょう。