「三洋電機」のヒット商品と、それを生み出してきた開発者や企画者たち、そして三洋電機というブランドの“履歴書”を、まとめていく連載。三洋電機には「デジタルカメラ」のイメージがあまりないかもしれないが、実は「デジカメ」自体、三洋電機が持つ登録商標。しかもシェアがトップクラスだった時期もあるほどだ。今回はその歴史を振り返る。

三洋電機にとってデジカメ事業は重要な柱の一つ

1997年3月に発売されたデジタルスチルカメラの三洋電機1号機「DSC-V1」。液晶モニターを装備、撮影と同時に音声も録音可能。愛称は「マルチーズ」(画像クリックで拡大)

 三洋電機のデジタルカメラ事業は、我々が想像する以上に、重要な事業の柱になっている。

 同社のデジカメ事業の規模は、ここ数年1300~1500万台規模で推移。日本におけるデジカメ市場全体の出荷実績が、1327万台(2010年実績、CIPA調べ)であったことと比較しても、その規模の大きさがわかるだろう。

 2009年度の同社連結業績においても、デジタルカメラ事業は、二次電池、電子部品に続いて、3番目に大きな事業であり、それは、冷蔵庫や洗濯機の3倍以上の事業規模を誇るものなのだ。

 三洋電機・佐野精一郎社長は以前、2012年度に向けて「高付加価値商品の開発、ボリュームゾーン向けの商品展開によって、過去最大の生産台数を目指す」と発言。今後も事業の柱のひとつに位置づける姿勢を明確に示している。

 そして、「デジカメ」自体、三洋電機が持つ登録商標だ。

 振り返れば、1999年には世界市場の3割を三洋電機のデジカメが占めるというように、三洋電機はデジカメの商標権を持つにふさわしい企業であった。そして、いまの実績をみても、それは実証されているものといえる。

 実は三洋電機のデジカメ事業は、その多くがOEM(相手先ブランドでの製造)によるものだった。ただこうした商品は当然、表向きには三洋電機が作ったとは分からない。それだけに、一般ユーザーが、三洋電機のデジカメ市場におけるシェアを理解しにくいともいえる。

 三洋電機がデジカメ事業に参入したのは、1995年11月のことだ。

 北米市場へのOEMを開始したのに続き、1996年6月には英国市場に展開。さらに、1997年3月からは同社初の自社ブランドのデジカメ「マルチーズ」により、国内展開を開始した。

 三洋電機では、1998年3月に8ミリビデオの生産を中止する一方、同年6月には、動画を撮影できるデジカメを投入。動画技術を継承しながら、デジタル時代へとシフトを図っていった。