2011年3月11日。マグニチュード9の大地震が東北地方を襲ったとき、スイスは早朝6時24分。全国的に快晴で暖かい早春の一日を、多くの人が普通にスタートさせたことだろう。私自身が友人からのメールで地震のことをはじめて知ったのがその約2時間後。大慌てで家族や友人の安否確認を試みる一方、情報収集に躍起になった。

 その後、Ustream(ユーストリーム)でNHKやTBS、フジテレビなど日本のテレビの報道を逐一追い、新聞やネット、ツイッターのタイムラインもかつてない頻度でチェックすると同時に、地元スイス、および欧米各国の報道にも同時進行で目を走らせてきた。

 こうしている間も事態は刻一刻と変化しており、今、この時点で断定的な記事を書くことの難しさを痛感しつつ、しかし、この大惨事がこれまでのところスイスでどのように報道されてきたか、またスイス政府や人々の反応はどのようなものであったかという点についてまとめるべく、努力を試みたいと思う。

深く同情的だったスイス国民とスイス政府のきわめて早い対応

 多くの国でそうであったように、スイスもまた、まずは日本の大惨事に大変な衝撃を受け、また深く同情的だった。筆者も個人的にたくさんの友人知人から電話やメールを受け取ったし、また在スイス邦人社会内部での情報伝達も非常に素早かった。

 スイス政府の対応はきわめて早く、12日、日本政府の要請に答える形で即座に救助員25名、救助犬9匹を送り出した。週末にかけては、とにかくテレビも新聞も日本の報道一色。被災地の映像が繰り返し流され、そして「あれほど準備万端に備えていた国にして、これほどの悲劇となってしまった」という、絶望感、無力感、そしてショックのトーンが主流だったようだ。

 同時に、「これほどの大災害にもかかわらず、パニックに陥ることなく冷静に行動できる日本人」という多分に文化的な驚き、賞賛の記事も、2日後あたりから散見するようになった。

 中にはさらに踏み込んで、日本滞在の長いスイス人や、日本文化の専門家などに取材して、「厳しい自然と共存してきた日本、そこに住む人々が共通に抱く一種の諦念とか達観といった世界観、人生観」といったところにまで言及する報道も。 在スイス邦人たちは、遠い異国の悲劇に大きな衝撃と悲しみにさらされ、また家族や友人の安否が確認できない人も多いような状況の中、こうした同情的、共感的な報道トーンに励まされ、胸がいっぱいになるといった心理体験を、この時期、たしかに共有していたように思う。