「三洋電機」のヒット商品と、それを生み出してきた開発者や企画者たち、そして三洋電機というブランドの“履歴書”を、まとめていく連載第5回。家電メーカーの“顔”ともいえるテレビ。しかし、三洋電機では必ずしも成功を収め続けたわけではなかった。しかし三洋電機のテレビは、常に早すぎるほどに「一歩先を行く」、まさに創業者の精神を象徴する商品だった。その中でも1990年代以降の三洋電機のテレビの歴史を華やかに彩る、高級大型カラーテレビ「帝王」のマーケティング担当者に、ヒットの裏側を聞いた。

テレビ事業において大きな勝負に出た製品

三洋電機マーケティング本部・竹内創成(たけうち・そうせい)副本部長

 1991年10月、三洋電機は、32型カラーテレビ「帝王」(HVC-33TO)を発売した。

 帝王は、ハイビジョン放送に対応した大型テレビで、ハイビジョン放送と通常のテレビ放送の両方が受信可能なMUSE-NTSCコンバーターを内蔵。当時、100万円前後していたハイビジョンテレビを、45万円という戦略的価格設定で販売を開始したことでも話題を呼んだ。

 ハイビジョン放送は1989年6月からスタートしていたが、放送時間は1日1時間程度。それが91年8月に放送衛星BS-3bの打ち上げが成功したことにより、同年11月から1日8時間に拡大されるタイミングでの市場投入だった。

 「『帝王』は社長直轄プロジェクトで推進されたもの。三洋電機のテレビ事業の威信をかけて取り組んだものだった」と振り返るのは、三洋電機マーケティング本部・竹内創成副本部長。当時、営業およびマーケティングの最前線で活躍していた。

 「1965年に発売した『テレビジョン日本』は、創業者である井植歳男氏が、『この土打つ柱の杭がはずれることがあろうとも、この商品は売れる』と断言し、大ヒットを飛ばした。この精神でやってみろと言われたのが帝王。まさに、三洋電機のテレビ事業において大きな勝負に出た製品だった」と語る。

 そう、「帝王」の製品化に強い意志をもって取り組んだのは4代目社長の井植敏氏だった。

1991年に発売されたハイビジョンテレビ「帝王」。33型ディスプレイの大画面であった(画像クリックで拡大)