牛丼のジレンマに内在する本当の問題とは

 このまますき家のひとり勝ちが続くのだろうか。実は牛丼業界ではすき家を打ち破ることができる破滅的な選択肢がひとつある。まだ、どの会社もすき家に対して「しっぺ返し」を行っていないというのが着眼点だ。

 連続型の囚人のジレンマの理論に則ってしっぺ返しをするというのは、このケースで言えば、すき家を出し抜いて、すき家以上の大幅な値下げ競争を仕掛けるということを意味する。吉野家が今後の値下げ拒否を宣言している以上、すき家に対してしっぺ返し戦略を仕掛けることができる可能性があるのは、3社の中で、一番企業規模が小さい松屋フーズである。

 もし、松屋が突然、牛めしの並を「キャンペーンではなく常に一杯200円にする」と宣言したらどうなるだろう。すき家は追随できるだろうか。この価格設定だと、牛丼の原価にかなり近づいてくるはずだ。牛めし以外に定食を販売している松屋と違い、牛丼が主力で、しかも借入金比率が高いという弱点のあるすき家にとっては、このレベルに牛丼の価格が下がることはかなりきついはずだ。

 そのような台所事情から、すき家が、一時的に牛丼を240円程度にして追随するとか、230円で売っている牛丼のミニを180円に下げるとか、そのような中途半端な策をとったときにゲーム理論的に言えば「はじめて攻守が逆転」する。

 松屋がいくら値下げをしようが、価格弾力性が1より少しだけ大きい牛丼業界では、価格を下げた分顧客が増えるので、業界が縮小するリスクは少ない。その上、最初に抜け駆けした松屋には一番顧客が集まってくるので、値下げで被る被害(原価率が上がって儲けは少なくなるのだ)は、松屋が一番少なくなるはずだ。むしろ、これまで借入金で店舗数を拡大させてきたすき家の方が、他社から破滅的な価格戦争を逆に仕掛けられたときの耐性は弱いのではないか。

 すき家の値下げに対して、松屋と吉野家が中途半端な協調策を選んでいるために彼らの状況は好転しない。すき家に対して、繰り返し型囚人のジレンマでのセオリーに沿った「しっぺ返し戦略」を選ぶ会社が出てこそ初めて、業界を挙げて状態を正常化させようという協調の空気が生まれる。それがゲームの理論の結論なのである。その「しっぺ返し戦略」の具体案が、「松屋が牛めしの並一杯の価格を常に200円にまで値下げする」という破壊的な選択肢なのだ。

 さて、少し現実的な話をしてコラムを終えよう。読者のみなさんがお感じのように、この状況下で牛丼を200円に値下げする勇敢で無鉄砲な経営者はいないだろうから。牛丼価格を200円まで下げて一旦業界全体が破滅する寸前まで行くというのは誰も望まないし、僕もそのような手を選択してほしいとは思わない。

 牛丼のジレンマは別の見方をすれば、「市場の失敗」の実例である。自由競争にまかせておくと、業界の健全な育成にとってよくない現象が起きることがある。それを経済学では「市場の失敗」と呼ぶ。僕が牛丼業界の出来事を市場の失敗と呼ぶ理由は、業界内で吉野家が疲弊してきたからだけではない。牛丼業界の顧客数が2年間で17%も増えているということは、牛丼以外の他の飲食店が、それだけ牛丼に顧客を奪われてしまったのだ。

 牛丼戦争は、日本の外食産業全体の疲弊につながっている。市場に任せておいたら悪い方向に物事が進むという破滅のメカニズムが、外食市場全体を支配していること自体が問題なのである。

著 者

鈴木 貴博(すずき・たかひろ)

 百年コンサルティング代表取締役。米国公認会計士。東京大学工学部物理工学科卒。1986年、ボストンコンサルティング入社。2003年に独立し、百年コンサルティングを創業。主な著書に『戦略思考トレーニング』(日本経済新聞出版社)、『NARUTOはなぜ中忍になれないのか』『「ワンピース世代」の反乱、「ガンダム世代」の憂鬱』(以上、朝日新聞出版)などがある。