値下げをしても規模が変化しない牛丼市場

 この繰り返し型の囚人のジレンマは、実社会では値下げ競争の問題に応用できるとされている。牛丼の事例ではどうだろうか。考えてみよう。

 牛丼の歴史を2009年までさかのぼってこれまでの経緯をまとめてみる。この当時までは牛丼3社とも牛丼一杯が380円前後で価格も収益性も3社だいたい横並びだった。

 値下げ戦争を仕掛けたのは、すき家を率いるゼンショーだ。2009年12月に牛丼を一気に280円へと大幅な値下げを敢行する。松屋フーズも追随するが、さすがにすき家の値下げにはついていけず、牛めし並盛が320円というレベルで対抗する。これに対して吉野家は価格競争への参戦を拒否。従来通りの牛丼の価格を貫く姿勢を見せる。

 その結果何が起きたのか。2010年上半期はすき家の一人勝ちになった(図1)。囚人のジレンマ風に言えば、「裏切ったひとりだけが得をする」状況が生み出された。

(画像クリックで拡大)

 価格を一気に下げたすき家は顧客数が前年の1.25倍に増え、値下げにもかかわらず売上高が12%増える増収となる。中途半端に価格を下げた松屋も顧客数は増えたのだが、売上高はまったく変わらない。安くなった牛めしに、それまで定食を注文していた顧客が流れてしまい、客単価はすき家と同じ勢いで下がってしまったのだ。そして価格を変えなかった吉野家からは大量の客が流出し、顧客数も売上高も14%の減少。中間決算は最終赤字になってしまった。

 ここで注目したいのは、3社の増減を加重平均した3社計の数字だ。結局3社合計で8%値下げしたら顧客数が9%増え、3社合計の売上高は1%と微増である。顧客数の増加率の9%を、値下げの8%で割った数字を経済学では価格弾力性といって、この例では「2010年上半期時点での牛丼の価格弾力性は1.1(0.09÷0.08=1.125)である」という言い方をする。価格弾力性が1よりも大きければ、値下げをすればそれ以上に顧客が増えて、結果として売上高は大きくなる。とはいえ、価格弾力性が1.1というのは、どちらかといえば「値下げをしても市場規模はほとんど変化ない」といった数字に近い。これが牛丼業界の特性である。

 さて2010年の9月に、吉野家は戦略商品として280円の牛鍋丼を投入した。この時期、松屋でも店舗ごとに微妙に価格を変更して、関西地区では牛めしが250円。首都圏でも一部の店舗では280円というすき家対策を推し進めている。そこで、最初の牛丼戦争勃発からちょうど2年たった2010年12月から今年の1月にかけての結果がどうなっているのか、2年間を累計して比較してみたのが図2である。

(画像クリックで拡大)

 結局、牛丼業界では価格(客単価)が13%下がったことで、顧客数が17%増え、結果として3社合計の売上高は2%増とまた少し業界全体での売上規模が大きくなったことがわかる。価格弾力性を計算すると1.3(0.17÷0.13=1.3)、つまり牛丼業界は、あいかわらず「値下げをすると少しだけ市場規模が増える」のだ。

 しかし、3社の内訳をみると、結局のところ、すき家の独走である。牛鍋丼という「よく似た商品が安いです」という吉野家や、「店によってはすき家のように安いです」という松屋ではなく、「常に牛丼の並が280円と常に一番安いです」というすき家が一番価格を下げながら、一番たくさん顧客を増やし、結果として、ひとり勝ちになってしまっているのだ。

 牛丼業界のジレンマとは、「最初に価格を思い切って下げた会社が、値下げが遅れた他社からたくさんの売上を奪うことができる」というルールに業界が支配されていることにある。

 抜け駆けして値下げをした会社が儲かることがルールなので、どこか1社が抜け駆けして値下げする。他社が中途半端に追随しても、結局、一番安い会社に顧客が流れるメカニズムは変えられない。敵から「消耗戦をしかけられるのが必至」というとても嫌なルールに支配されているのが、牛丼のマーケットなのだ。