「隠したい内容は米国人より多いのに、警戒心は薄いのです」

――文化として日本人には合わない、という見方もあります。

前田:日本人にとって抵抗のある世界観であることは確かでしょう。日本人が慣れ親しんでいる匿名のネットワークというのは、基本的に共通の興味などをフックにして広がっていくもの。それに対しFacebookでは、「この人と一体何を話せばいいのだろう」という人から、突然フレンド申請が飛んでくることになります。

 世界の中で見て、日本人は決して社交的とはいえない。米国人は、中高年の間にソーシャルゲームが急速に広まったことから分かるように、どんどん外に交友関係を求めようとするメンタリティがあり、日本人とは距離の取り方が違います。日本の中高年だったらそれよりも、Wiiあたりを用意して孫と遊ぼうとするでしょうね。

 そして、英語でのコミュニケーションができなければ、メインとなるネットワークの中に全く入っていけません。日本人にとっては、かなりハンデのある空間です。

 また米国の場合、中高年層でもパソコン以前からタイピングに慣れている人が多いため、日本よりももともとネットコミュニケーションにも親和性が高いという違いがあります。さらに出自との関係もあって、Facebookの中では、米国のハーバード大学を頂点としたヒエラルキーがあります。知らない人からフレンド申請がきたとき、一番先に目に入るのは顔写真とプロフィール、肩書き。それらを誇れる人にとっては有効なのですが、コンプレックスを感じる人にとっては見えない壁を感じることがあるでしょう。

――日本人の文化に、実名主義は合わないのでしょうか?

前田:ネットの実名利用について、日米では全く感覚が違うと思います。Facebookでは、「既婚」「独身」「交際中」といった個人の状況が非常に目立つつくりになっています。しかし日本人にとって、そういった状況の変化は、せいぜい年賀状によって年1回のペースで通知される程度のものでした。米国人にとっては「離婚した」というのはさほどネガティブな情報ではありませんが、日本人にとっての「バツイチ」は、広く知られたいとはあまり思わない属性でしょう。

 実名のソーシャルグラフを築いていると、「離婚した」という状況だけにとどまらず、前の配偶者が誰だったかということまで情報として残り続けます。そして、別れた恋人が回り回って、自分の友達の友達と結婚したことまで伝わってくることになる。

 そもそも、普及している米国ですら、本当に彼らの文化に合っているといえるのか。ソーシャルグラフのデータを元にマネタイズしていこうとするFacebookのビジネスは、ある意味「名簿業者」と近い部分すらある。従来型の名簿業者よりはるかに詳細なデータを同社が独占的に保持し、しかも登録されている本人が「自分について何が記録されているのか」を取り出すのが容易ではないのが現状です。この点については、米国の専門家の間にも問題視する声は強く、公開圧力は今後高まるでしょう。ザッカーバーグの思想は「すべてを透明化することで世界はより良くなる」というものですが、これはやや無邪気に過ぎる。いろいろな問題がこれから浮上してくると思います。

――いろいろな問題とは、例えば?

前田:内容はかなりの部分がフィクションらしいですが、映画「ソーシャル・ネットワーク」の中にも象徴的な出来事が描かれています。ザッカーバーグは彼女に振られたことにカッとなり、その彼女の学歴や下着のサイズまで公開してしまい、仲間内からつまはじきに合う。こういった若いときの過ちが、ずっと残ってしまうのが実名ソーシャルグラフです。

Facebook創業者、マーク・ザッカーバーグを主人公にした映画「ソーシャル・ネットワーク」。現在上映中(画像クリックで拡大)

 家族の誰かが逮捕されて、それが全くの冤罪だったといったケースもあるでしょう。しかし、無実が証明されたとしても、それまでのソーシャルグラフは破綻したまま、再構築はできなくなります。日本でもアメリカでも、必ずこういった問題は起こります。

 ただし、日本人が受ける影響のほうが大きいでしょう。先日、「ソーシャル・ネットワーク」を観た日本人カップルの間のこういう会話があったそうです。彼氏はおそらくFacebookをやっている人で、彼女が「Facebookってどう使えばいいの?」と質問した。それに対する返答は「え?Facebookに使い方とかあるんだっけ?」。これは象徴的な発言だと思います。意識的にソーシャルグラフをどう構築していくのかについて、経験やノウハウが全くなく、プライバシーにも無防備なのです。

 アメリカはもともと犯罪率の高さもあり、情報の開示についても防御心が強い伝統があります。一方の日本人は、一度内輪とみなした相手に対するガードが極めて甘い。隠したい内容は米国人より多いのに、警戒心は薄いのです。