「この目標が達成できたのは手帳のおかげ、と思ったことはないんです」

納富廉邦氏(以下、納富):手帳を使いこなすとか、手帳術って何なんだろう、というところから、話を始めたいと思うんです。「術って?」みたいな疑問が、私にはどうしてもあって。

舘神龍彦氏(以下、舘神):現段階での手帳術の第一歩って、実はどの手帳を選ぶかってことだと思うんです。例えば、「超」整理手帳(註1)を使ってる人は、それを使う事が手帳を極める事だと思っている、というような。さらにいえば、一部の手帳には手帳術を最初からインストールしたものがあります。「これを使えば、こんなに便利」とか「時間が一望できる」とか。

註1 【超整理手帳】:野口悠紀雄氏考案による、A4用紙を蛇腹状に四つ折りした用紙を基本フォーマットにした手帳。8週間見開き、4年間カレンダーなどの特徴的なレイアウトや、A4用紙を携帯出来るカバーなど、独自の使い勝手の良さで人気。

高畑正幸氏(以下、高畑):ただ、結果的には手帳を書いていようが書いていまいが、待ち合わせに遅れなければそれで良いわけで。だから手帳術というもの自体が中間的な立ち位置のものなんですよ。遅れないようにする為の何かではなくて、それを忘れないようにするだけのもの。

 手帳は待ち合わせの場所に行くことには直接的には関与してなくて、歩くことにも、切符を買うことにも関係してない。手帳術というのが最終的にどこに向かうのかが解らないのは、その行動そのものには関与しないからなんです。

 例えば柔術とか剣術とかだと、同じような術を持った敵がいて、それを倒せれば勝ちなんだけど。手帳術というのはゴールが解りにくいじゃないですか。

納富廉邦(のうとみ・やすくに)。文具などのグッズからデジタル製品まで、幅広いモノ情報に精通する「目利きライター」。『日経トレンディ』や『日経トレンディネット』でも多数の記事を執筆

納富:たぶんゴールも人それぞれで凄く違う。場合によってはゴールが無いかもしれない。

舘神:無いんですけどあるんですよ。それは「自分なりに極める」ということ。それで、例えば、俺はこういう手帳術を編み出したんだ、みたいなね。そういうのがあるわけですよ。それが何かと言うと剣術における流派なんですよ。「天然離心流」とか「北辰一刀流」とかね。そういう流派を極めることが手帳術を極めるということで。

高畑:でも、剣術の場合は、そいつら同士が戦うことができるんだけど、手帳術って戦わないんですよ。結局、自分が納得したところで終わってしまうから、他の人からしたら、別にあっちじゃなくてもいいじゃんっていう感じになっちゃう。

納富:極めるという考え方が、ひょっとしたらすごく違うのかもしれないとも思うんですよ。多分、人生は、もっと流動的で、ふわふわしてる。

舘神:多分、極めるというよりは、それを使って目標を達成する。短期的な目標であったり、夢とかね。人生の何たらとか、そういうのを達成する事が自分なりに出来ているかで、自分の手帳の達成具合というか、達人度合いを自分なりに測っているというのは、皆さんあるんじゃないかな、と思う。

高畑:手帳があったことによって、自分が思っているところに、「より早く」とか「より近く」まで行けていれば、その手帳に効果はあったことになるわけですよね。手帳を極めたのではなくて、手帳を極めた結果これができた。それを終わった後で振り返ったときに、手帳があって良かったなとなるだけで、目標が達成されない限り、どんなに手帳を使い続けても結果はわからない。今使っている手帳がいいのか悪いのかというのは、その時点ではわかんないじゃないですか。

納富:やってきたものを振り返ったときに、これが達成できたのは手帳のおかげだって思ったことは、私は少なくとも無いんです。手帳も、もしかしたら何パーセントか関与しているのかもしれないけれど。例えばすごく短期的な目標。

 この締め切りに間に合ったのは、手帳にちゃんと締切日を書いていたからだ、というのはあるんですよ。今日の待ち合わせにちゃんといけたのは、手帳に書いていたからだ、とか。だけど、私が手帳で達成できる目標ってその程度なんですよね。

高畑:いや、それは、そういうショートレンジで手帳が役に立っているということでしょう。手帳の一個の役割を果たしてるんだから、書いてる意味はあるわけですよね。

 長期的な目標を達成するのが手帳の役目だという前提は別に無いわけだから。だから納富さんみたいな、短期的なところを忘れないというために書いていて、それが達成されているんだから、それはそれで良いわけですよね。一方で、長期スパンでマネジメントしなければいけないことを抱えている人は、それに対応する手帳術が必要になる。