もう超越した別世界なんですよ

本堂の表側に回ると、裏側とは全く違うくつろぎ感が漂う。裏側の庭は、見ているだけで息がつまりそうな切迫感がある。この違いが何なのか、造景の答えは実に単純でわかりやすかった。ボクはそれがわかった時点で、なにかただならぬ安堵の気持ちを覚えたのだった
【撮影データ】
キヤノンEOS-1D Mark IV、レンズ:キヤノンEF24-70mm F2.8L USM 、シャッタースピード:1/1300秒、絞り:f7.1、ホワイトバランス:オート、ISO感度:6400
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 「造景さん、僕にはこの庭のストーリーが全く読めないし、どんなメッセージがこめられているのかちんぷんかんぷんなんですよ。造景さんはどうです? この庭から庭師としてなにか得るものがあったのかな……」

 ボクは、夏の甲子園の優勝決定戦で、9回2死でピッチャーが、もうこれ以上のものはなげられないという渾身のストレートを投げた。すると意外な答えが造景から返ってきたのだ。

 「好き嫌いで言わせてもらえば、僕はこの庭はあまり興味ないです。現代の庭しか僕は知りませんから、修業で培った夢窓疎石の禅のメッセージは理解不能ですね。おそらく、ここに広げられているのは彼が見た極楽浄土の先の世界なんです。僕も夢窓国師のことをよく知るわけではないんですが、きっと厳しい修行をされたんだと思います。もう死ぬ一歩手前まで自分を追い込むような、常人には考えられないような修行をされたんじゃないですかね。そこで見た世界がここに展開されているんだと思います。この庭は、見て楽しむ庭ではなく、彼の禅の修行のためのトレーニング場を造っただけなんです。だから豊さんが理解できないのは当たり前で、ここには何かを伝えようというメッセージはないと思います。あるとすれば、死んだときに極楽浄土へ行ったまだその先に展開する世界だと思いますよ」

造景は、こう言った。「この寺の庭は、下から階段を上がってきて、この門をくぐってきたところで一応終わっているんです。登りきったところが極楽浄土。本堂の裏の庭は、極楽浄土の先にあるであろう究極的な未知の世界なんです」
【撮影データ】
キヤノンEOS-1D Mark IV、レンズ:キヤノンEF24-70mm F2.8L USM 、シャッタースピード:1/640秒、絞り:f7.1、ホワイトバランス:オート、ISO感度:6400
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 造景のこの言葉を聞いた時、僕はある種の安堵感をおぼえた。そうか、わからなくていいんだ。ただ、そう思った途端、背中がゾクッとした。夢窓国師は、死の先の世界を見た。しかも極楽浄土の先の世界。それは「無」の世界。暗闇ではなく、ただ何もない世界。彼が見た極楽浄土の先に見たその世界をここに再現し、そこで修行することこそ、真の禅の姿である。そんなメッセージが、ジェット戦闘機が轟音を響かせながら通過するように、僕の脳裏を1000分の1秒よぎったのだ。

2月ころは梅が満開。登りきった極楽浄土に花が咲き乱れるのだ(画像クリックで拡大)

 そして僕はひと呼吸ついてから、造景に尋ねてみた。

 「僕は、造景さんがすごく影響を受けた庭で、庭造りの基本がここにはたくさん詰まっているんですよなんていう優等生的な答えを期待していたんだけど、それが全く裏切られてがっかりした半面、とても面白いと思ったよ。だけど、なんでもっとわかりやすい庭を選ばなかったのか、それがよくわかんないよ」

 造景はこう言った。

紅枝垂(べにしだれ)もみじが、赤く色づいていた(画像クリックで拡大)

 「僕は庭には、必ずストーリーがあって、そこにはなんらかの造り手側のメッセージがこめられているという話をし、それを読み取るトレーニングを僕は何回かに分けて、お伝えしました。豊さんは、今回、一生懸命この庭に刻まれたメッセージをひも解こうとその糸口を探し、それがなにであるかを考えたじゃないですか。それでいいんです」

 いつもへらへらとしているような造景だが、このときは、いままでに見たこともない真顔であった。

苔むした門構えは、なにかほっとさせるものがここにはあった(画像クリックで拡大)