写真も引き算の世界

瑞泉寺の庭で見つけた石像。この寺の庭は「引き算の庭」と呼ばれているが、写真も引き算の世界。撮影とは、長方形の四角形の中に自分の見た世界を封じ込める作業。無駄な空間や不必要な映り込みを排除することで、伝えたい主題が浮き出てくるものだ
【撮影データ】
キヤノンEOS-1D Mark IV、レンズ:キヤノンEF24-70mm F2.8L USM 、シャッタースピード:1/640秒、絞り:f9、ホワイトバランス:オート、ISO感度:6400
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 瑞泉寺の庭は夢窓疎石の修行の場であり、そこで禅を突き詰めていった。その結果生み出された庭は、庭の約束事である滝、池、中島などのすべてを巧に彫り出し、橋を架けて水をため、滝も加えられた。そこには一切の飾りもなければ、おごりもない。修行に最低限必要な要素だけを入れ込んだ世界。つまり、必要なき物はすべて排除するという、「無の世界」に近い引き算の世界だ。

 実は、写真の世界にもある種の共通項がある。撮影するときには画面を整理し、不必要なものは画面に入れない。そういった引き算をしていく作業がある。その引き算をすることで、撮影者の意図する被写体が浮き上がり、作品を見る者に撮影者の意図が伝わる。つまり写真はメッセージなのだ。

 こう考えると、瑞泉寺の庭には、夢窓疎石のメッセージが込められているのだろうか?

庭にはストーリーがあり、必ず造り手のメッセージがあると造景は言っていた(画像クリックで拡大)

だが、この庭園には、どうやってもメッセージが見えてこない(画像クリックで拡大)

 鎌倉末期から南北朝時代にかけて活躍した臨済宗の僧侶・夢想疎石は、後醍醐天皇や足利尊氏からも尊敬された高僧。後に苔寺として知られる京都の西芳寺や天龍寺などの名庭園を造り上げたとされている。この瑞泉寺でも、自然の地形を生かし岩盤を彫り、岩盤の正面には「天女洞」というほこらを彫って禅宗の修行の一つである「水月観」の道場とし、東側には坐禅のための「葆光窟(ほうこうくつ)」を造った。「天女洞」の前に彫った池を「貯清池」と名づけ、池の中央は彫り残して島としたとされる。

 当時このようにして造られた庭は鎌倉幕府滅亡とともに荒廃し、後に発掘されて復元され、1971年に国の史跡として指定され、現在に至っている。つまり夢窓疎石のメッセージは埋もれ、発掘されて再び浮上してきたことになるのだ。

 しかし、このメッセージは難解だ。どう考えても僕には夢窓国師のメッセージが読めない。そうだ、こんなときこそ造景に聞いてみよう。ボクは素直にそう考えていた。

夢窓国師のメッセージは何だったのだろう……。この庭から何が読み取れるのだろう。僕はあがくように、そのメッセージのかけらを探した。しかし、どのように探しても、そのメッセージが何であるのかわからない。そこには単に「無」の一文字があるだけだった
【撮影データ】
キヤノンEOS-1D Mark IV、レンズ:キヤノンEF24-70mm F2.8L USM 、シャッタースピード:1/640秒、絞り:f9、ホワイトバランス:オート、ISO感度:6400
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