【ディレクターjinkeの“矢立旅行記”その3】

さらば、島根! と、言いたいとこですが、忘れちゃいけない廃線写真

 出雲大社へのアクセスは一畑電車で出雲大社前駅までいくのがいいと思うのですが、かつてはJRでも出雲大社に行けました。明治45年に開業し、平成2年まで大社線として列車が行き来しており、80年代までは団体の臨時列車も頻繁だったそうです。そういえば、かつてブルートレインに「出雲」という名前がありましたね。

「旧JR大社駅」。駅舎も出雲大社のように威厳があります。ちなみに、木造平屋とのこと(画像クリックで拡大)

大社駅内部。開放的な高い天井。この駅、今も使われていたらいいのに……(画像クリックで拡大)

造景さん曰く「これは、宮大工が参加していると思うんですよ」。中の造りも立派ですもんね(画像クリックで拡大)

改札。ここをたくさんの出雲大社の参拝客が通ったんでしょうね。駅の説明看板によると、昭和35年、乗降客が1日2000人を越えるほどだったそうです(画像クリックで拡大)

それにしても長いホームですね。初詣の時なんかは、大勢の人でごったがえしたのでしょうか……(画像クリックで拡大)

 JR旧大社駅は廃止後、特に手を加えられていないそうで、そのままの姿でひっそりたたずんでいました。各現場で、よく造景さんは「目をつぶってください。耳を澄ましてください。五感で感じてください」と言うのですが、もう列車が来ることのないホームに立って僕もやってみました。別に当時のにぎわいが聞こえてくるとか、列車のにおいがするというわけではありません。でも、「今だって、来てくれるみなさんを受け入れてますよ」といったおおらかで優しい空気を感じました。気のせいかもしれませんけどね(笑)。

保存状態がいいですね。一つひとつをじっくり見ると「古くても、大事に使っていた」といった、駅員さんたちの愛情を感じます。悲壮感が少ない廃線って、珍しいな(画像クリックで拡大)

 全国の神々が集まるという出雲大社。旧暦の10月11日から17日まで、出雲大社に神々が集まって「うちは、こんな問題が起こっている」「うちには、こんな奴がいて困っちゃってさあ」と会議をするそうです。そして、話し合いが終わってスッキリしたら、「よっしゃあ、また1年、がんばるか」と言いながら(←そんなことは言わないか)、再会を約束して担当の神社に戻り、人々を見守るんでしょう。

 そうそう、話は変わりますが、前々回に登場してもらった一畑電車の運転手の根宜康広さんから「一畑電車がゆく」(今井書店刊)という書籍が編集部に送られてきました。初版は1999年ですが、なんと映画「RAILWAYS」の公開に伴って再版されたとのこと。「掲載していただきありがとうございました」とメッセージが添えられていました。うれしいなあ。

 根宜さんの写真の腕前は玄人はだしで、本にはさすがバタデンに寄り添って生きてこられた方だけあって貴重な写真がたくさん掲載されています。しかもRAILWAYSの錦織良成監督と俳優の佐野史郎さんの対談も収められている“特別版”ですから、鉄道ファンはもちろんのこと、「豊造ファン(そんなのいる?)」も手に入れられることをオススメします。

右が根宜康広さん。ありがとうございました(画像クリックで拡大)

 島根県は地味でなにもかもがゆっくりな感じがしました。だからこそ、出会った方々とも落ち着いて話ができたように思えます。忙しさのせいで時間の長さ、貴重さ、そして人とのつながりの大切さを忘れていたなあということに気づかされました。東京に戻って、相変わらずドタバタしているけれど、写真を眺めているうちに、また、平穏な気持ちになってきました。出会った方々に感謝! 島根県はいいところです。みなさんもデジカメ片手に島根県へジャーニーしてみてはいかがですか。

いやはや、「仲間と一緒に時間を共有」できるって、本当にありがたいことです。ちなみにこの構図は、ここで撮影されたJRのポスターを参考にしました。ポスターの方のモデルは美しい女性ですけどね(笑)(画像クリックで拡大)

 さて、次回は再び鎌倉のお寺へ。そこには「洞窟のある庭」が存在するらしい。造景さんがその庭をどんな風に解説してくれるのか? はたまた、豊田さんはその庭をどのように切り取るのか? そして、自由奔放な二人をレポートするSプロデューサーの「とりあえず撮っとく?」は復活するのか? まだまだ続く、豊造のデジカメジャーニー「写真の庭」。次回も乞うご期待!

「ほほーっ、なるほどお」とニヤリの二人。早く写真が見たいっ!(画像クリックで拡大)

(文/豊田直之、写真/豊田直之・Sプロデューサー、制作協力/ジンケトリオ)