【田中造景の「庭道流」風景ストーリー哲学】

水の国・島根の哲学

 今回、島根のあちこちを取材で回らせていただきました。今回の松江しかり、足立美術館しかり、一畑電車しかり、出雲大社しかり、日御崎神社しかり、各場所にはそれぞれいいところがたくさんありました。そして面白いのは、必ず水がそこにはつきまとうことです。

 現在の日本は水が不足しています。川の水が不足しています。ただ、最近のゲリラ豪雨に見られるように、本来の日本の雨の降り方ではなく、なにか熱帯地方のスコールに近くなったといってもいいのかもしれません。これは、自然界のバランスがどこか狂っている証拠だと思います。自然が僕たち人間に怒っているのかもしれません。

 「天の鏡は地にあり、地の鏡は天にあり」といいます。つまり、天候がおかしいのは、地に原因があるといってもおかしくないのかもしれません。これからは、まさかと思えるような環境問題が出てきそうな気もします。

「ヤマタノオロチ」がはっていったかのような斐伊川(画像クリックで拡大)

画面右が斐伊川。よく見ると、左の土地よりも川の土地の方が高い。氾濫しやすいということだ。地元の方は「天井川」と呼んでいた(画像クリックで拡大)

 そんななかで、島根は水が豊かであり、水が豊富で安心できる場所に思えます。しかも川が氾濫して痛い目にたくさん遭ってきたであろう島根の人たちは、その問題から逃げないし、ほかの地へ引越しもしない。水のありがたみをよく知っているし、その逆の水の怖さも知り尽くしている。

斐伊川にかけられた沈下橋。増水時には沈んでしまうが、地元の学生にとっては学校に行く近道となる。「川は時々、暴れるけれど、川はそういうものですから」とすれ違ったおばちゃんが言っていた(画像クリックで拡大)

 また、松江市内を歩いていた時に出会った仏と神とが一緒にお祭りをやっていた。そこには、今、僕たちがやらねばならないことが潜んでいました。お互い助け合わねばならないし、思いやりの精神も持たなければならない。こんな当たり前のことを改めて教わったように思います。

 島根の人たちは、あせることもしないし、バタバタもしない。自然が多くて寂しいところと言ってしまえばそれまでですが、この豊かな風土が豊かな人間関係と人間性とを作っているように思えてならないのです。これからの日本に求められるのは、島根で見られたような素朴さと思いやりの気持ち、そして豊かな自然なのではないでしょうか。 (田中 造景)

築地松を見ながらしばし休息をとる二人。「造景さん、島根ってのどかでいいね~」(画像クリックで拡大)