【田中造景の「庭道流」風景ストーリー哲学】

足立美術館の庭園で見た足立全康氏の人生哲学

 今回、足立美術館の立派な庭園を見せていただきました。ここへは過去にも2度ほど訪れているのですが、それほどじっくり見ていなかったので、今回はいろいろなことが見えてきました。そんな足立美術館庭園についての話をしようと思います。

 まず、この庭園が地味か派手かというと、いいとか悪いとかということではなく、まちがいなく“派手”です。日本の庭園というと、お寺の庭など仏教的な精神の庭が多い中で、ここは一切宗教的なにおいのしない、宗教を感じさせない庭だといえます。つまり、足立全康さんの生き様がこの中に凝縮されているんだと思います。

 既に亡くなられているので、ご本人にお会いしたこともないですし、もちろん話しをしたこともないのですが、きっとワンマンでやってこられた方なのではないでしょうか。でも、商売は一人ではできない。人と人とのつながりを大切にしたい。そのことで商売は成り立っていく。そんな気持ちが強かったのではないかと思います。それは借景の使い方のうまさに表れています。

つくばいまでも、とにかく吟味しつくされた感がある(画像クリックで拡大)

 借景の使い方は、よくぞここまでというほど吟味され尽くしています。奥側の実際の山々の景色と庭とが、見事なほどに一体化しています。また、電線や電信柱が見当たらず、おそらく相当な配慮がなされてこの庭は造られたのだと思います。商売においても妥協したくない、譲りたくない、そんなこだわりを持ちながら言いたくても言えない、そうした商売人の根性が至る所に見え隠れしているようにも思います。

 とにかく素晴らしいのが、庭園にある大小の石です。どれ一つとってみても素晴らしい石ばかりで、一日中石だけを眺めていても飽きないほど、いい石がそろっています。一つひとつの石については、みなさんに実際に見てもらいたいのですが、色といい、形といい、さまざまな石が並んでいます。石というのは、見る角度でまるっきり違うものに見えたりするものです。また雨に濡れたり、完全に乾いていたり、朝だったり、夕方だったり、時間によっても見え方が変わります。石にも人間の生き様が見えるんですね。この大自然が太古からの石を削ったことによる造形。それを一つひとつ吟味して、石を選んで配置していった。

 全体としては、スキのない庭という印象でしょうか。おそらく商売で相手にスキを見せることが命取りになるということなのでしょう。全体的に固い印象の庭です。庭園の各部分ごとの味が少々濃すぎて、もうちょっと薄味の部分も欲しいような気がしますが、それでもきっとそれが足立さんの生き様であり、人生哲学なのでしょう。庭を見ると、その方がどのような方なのかまで分かってしまうのが不思議です。庭って面白いですよね。(田中 造景)

大小の石には、それぞれの石の主張が感じられる(画像クリックで拡大)