6月某日編集部にて

品田「氏家君、唐揚げ好き?」

氏家「大好きです。どうしたんですか? 唐突に」

品田「今、唐揚げが人気で唐揚げ専門店に行列ができているらしいんだよ」

氏家「え? 唐揚げに行列? 見たことないですよ。そもそも唐揚げ専門店自体知らないです」

品田「鶏肉の消費量が全国1の大分県から、唐揚げ専門店が東京に進出しているんだよ。しかも、アゲラーという言葉までできちゃうくらい唐揚げファンが増えているんだって」

氏家「アゲラー? なんでもかんでもラーをつければいいと思って。本当に流行っているんですか?」

品田「唐揚げ好きが集まって立ち上げた日本唐揚げ協会っていうのがあって、ネットでカラアゲニスト検定試験というのをやってたからこの前受けてみたんだけど」

氏家「唐揚げ協会? カラアゲニスト? 頭の中が? マークでいっぱいなんですが、そんなものに認定されていったいどんな活動ができるんですかね? それで、塾長はカラアゲニストになったんですか?」

品田「もちろん試験には合格したよ。認定証代わりの名刺をもらうには5000円かかるんだって。まだもらうかどうか考え中」

氏家「私それいらないですね」

品田「おもしろそうだけど(苦笑)。この前、大分から来ている『もり山』っていう店の唐揚げを食べたんだけど、美味しかったよ」

氏家「へ~。食べてみたい。でも塾長。揚げもので行列だったら唐揚げよりメンチですよ。吉祥寺にあるミートショップサトウはいつも行列してます。しかもメンチは東京出身です。東京在住の私としてはメンチを押したいと思います」

品田「千葉県出身のくせに…。じゃあ、今回は唐揚げVSメンチでどっちが本当に流行っているのか確かめてみようよ」

氏家「でも最近揚げものを食べると胃がもたれるんですけど~」

品田「よし。月曜の14時に吉祥寺に集合ってことで。ちょうどおやつの時間になるし」

氏家「おやつがメンチと唐揚げ・・・・・・。脂っこい」

というわけで、30歳になって弱くなった胃を心配しつつ、行列と人気の秘密を確かめてまいりました。と、その前に大分唐揚げと東京メンチについてご説明いたします。

大分と唐揚げの不思議な関係とは?

 大分県は鶏肉の消費量が全国一。その中でも激戦区として知られるのが、宇佐市と中津市です。

 宇佐市役所の観光街づくり課の話によると、大分県での唐揚げの発祥は昭和30年代。当時県内ではブロイラーの飼育が盛んでした。農協のブロイラー担当者を親戚に持っていた中華料理屋・来来軒が、規格外の鳥を安く譲り受け唐揚げにして売り出したのが始まりです。

 来来軒の向かいに、近郊で鶏を買い付けて北九州に卸す仕事をしながら営業している「庄助」という居酒屋がありました。庄助も来来軒の真似して揚げてみましたがなかなかうまく揚がりません。そこで来来軒に揚げ方を習いに行きました。習得するやいなや、庄助は居酒屋を閉めて大分初の唐揚げ専門店を開店させました。その後、庄助が近隣の人に揚げ方を伝授し、唐揚げ専門店が増えていったとのことです。

 現在、庄助は閉店していますが、弟子が、「元祖からあげ処 しょうすけ」という平仮名のお店を開店させ、現在も変わらぬ味を届け続けています。宇佐市の1番の老舗だそうです。ほかは、開店しては潰れるなどを繰り返しながら、ここ20年ほどで新しいお店が増加しました。

 一方、宇佐市役所の職員がつくったカラアゲ探検隊マップによると、宇佐市はカラアゲ専門店発祥の地として知られ、専門店が21軒。唐揚げが食べられる精肉店が4軒もあります。携帯小説から人気になった映画『恋空』(主演:新垣結衣、三浦春馬)のクライマックスは宇佐市で撮影され、唐揚げを家族で囲むシーンが2回もあり、大皿の唐揚げが食卓に並んでいるのだとか。

 中津市のからあげマップには唐揚げが食べられるお店が50軒掲載されています。中津市の唐揚げの歴史は、昔、政府の方針で中津にたくさんの養鶏場があった、第二次世界大戦後、旧満州からの引揚者が中国での食べ方を再現したなど、さまざまな説があるそうですが、詳しくはわかっていないそうです。

 そんな激戦区の唐揚げ専門店が東京に進出し始めたのは、去年のこと。昭和45年に中津に創業した老舗『元祖!中津からあげ もり山』が09年5月に東急東横線学芸大学駅にオープンしたのを皮切りに、鶏の唐揚げ専門店『からあげ大吉』(下北沢)や宇佐市の『大分唐揚げ専門店とりあん東京』(戸越銀座商店街)がやってきました。(中津市役所、宇佐市役所で把握している東京進出の店舗はこの3店舗です)。その後、メディアでも多く取り上げられるようになり「アゲラー」という言葉まで誕生しました。

東京のメンチとは?

 メンチカツは明治末期に東京で生まれました。その当時の料理名は「肉を刻む」を意味するミンツミートと、肉の切り身そのものを意味するカツを合わせた「ミンツ・ミート・カツ(minced meat cutlet)」。もともとはハンバーグに衣をつけた料理です。ハンバーグに初めて衣をつけたのは老舗の洋食屋「銀座煉瓦亭」だったと言われています。

 呼びにくい名前だったので、江戸っ子達の間でメンチカツへと変化したそうです。その後、関東で修行していたシェフにより関西にも伝えられました。関西ではミンチカツと呼ぶとのことですが、聞き間違いでそうなったとか、さまざまな説があります。

 メンチの行列で有名な吉祥寺のミートショップサトウは、球型のメンチカツを初めて売り出したことでも知られています。こちらは2階がステーキショップになっており、三重県産黒毛和牛のあまった肉をメンチに使用。注文後にその場であげるアツアツサクサクが人気を集め、行列ができています。ほかにも「東京うまいもの大賞」の5位に選ばれた谷中にある肉のサトーの谷中メンチや、そこから徒歩1分もないところにある肉のスズキ。北島康介選手の実家である北島商店などが有名です。