春琴―谷崎潤一郎「春琴抄」「陰翳礼讃」より
公式サイトhttp://setagaya-pt.jp/theater_info/2009/03/post_148.html
[演出] サイモン・マクバーニー
[出演] 深津絵里、チョウソンハ/立石凉子/内田淳子、望月康代、麻生花帆、瑞木健太郎/高田恵篤、下馬二五七/本條秀太郎(三味線)
[価格] 一般S席7500円 A席5000円 B席3000円
[公演日程] 2009年3月9日(月)~15日(日) ※12日は休演。
【ストーリー】
英国出身の演出家サイモン・マクバーニーが谷崎潤一郎の小説『春琴抄』と随筆『陰翳礼讃』を基に作り上げた。08年2月に世田谷パブリックシアターで初演、そしてロンドン公演を経ての凱旋公演となる。
(写真/久家靖秀)(画像クリックで拡大)

 昨年ロンドンのソーホーにあるセックスショップに乗りこんだ。動機は単純な好奇心。性産業を覗くほうが、下手な観光美術館を訪れるよりも、よほど土地に根づく文化を理解できることがあるからだ。私が足を踏み入れた小ぶりな店は、いっけん何の変哲もないアート書店。だが店内上空で緋色の光を明滅させる「DOWNSTAIRS」というネオンサインに導かれるままに階下に降りていくと、突如、地上階の売場面積の数倍はあるセックスショップがあらわれる。安っぽいファーストフード店のように煌々と場を照らす蛍光灯。店内は予想以上に繁盛しており、独り身の男性客だけでなく、まだ学生のような若いカップルや、きゃっきゃと仲間と連れだってはしゃぐ女子集団の姿も見られる。

 英国ガーディアン紙の調査によると、セックスショップへの電話番号案内件数は、08年度において前年比1312%も増加したという。まさに末恐ろしい急増ぶり。このデータの背景には、主に2つの理由がひそむ。ひとつはこの不景気のさなか金のかからぬ娯楽を考えた末「自宅でセックス」という選択肢に走った人間が大量にいること。もうひとつは、その際もっとも金のない若年層が、ネットで気楽に見られるポルノ映像と同じ「過激な性」を望んだこと。いずれにしろ英国でセックスへの需要が高まっていることは確かで、しかも――後者の過激快楽欲は、さらに過剰に強烈にと、拍車がかかるばかりだという。

 これは、あたりまえな話だ。人の快楽欲は野放しにしておけば貪食になるばかりで、飽和することはあまり考えられない。特に極端な肉欲刺激は反対に身体感覚の麻痺へとつながり、もっともっとと、よりハードな刺激を求めざるをえなくなる。ちなみに、これと似た傾向は東京にもあてはまる。以前、都内勤務の某エステティシャンに取材をしたとき、東京のエステの指圧力は地方のそれに比べ数倍強いという話を聞いたことがある。そうしなければ心地よいと感じられないほど「都会人の身体は、刺激に麻痺している」のだそうだ。

 だが実は刺激をどれだけ味わい尽くせるかは、量にではなく質にある。過剰さにではなく繊細さにある。多くの現代人は、大量な消費物、浮誇な装飾、過剰な刺激に溺れるように暮らしているが、ミース・ファン・デル・ローエの「Less is more」という警句を引きあいにだすまでもなく、たとえば一皿の料理をぞんぶんに堪能したいのなら、そこに大量の七味唐辛子をふりかけるのでなく、京料理のように控えめな味付けで素材を噛みしめるべきなのだ。だがいまの現代人は、こうした「身体感覚の豊かさ」を刺激過多な生活のなかで失いつつある。味音痴や匂音痴な若者が近年増加しているとも言われているが、とにかく人の五感がいま崩壊の危機にさらされている。