小栗旬はいま「旬」な人らしい。テレビも雑誌も、そんなことを放言している。だが、小栗本人にとっては、はなはだ迷惑…というか失礼な話。というのも、これは圧倒的に人を「モノ」として捉えた言葉だから。今はこのブランドバッグが流行っているらしい、今はこのデートスポットが流行っているらしい――同じ地平で彼という人間にも好奇の眼を注ぎ「今は小栗旬が流行ってるねー」と浮かれ騒ぎ、流行りのブランドに群れたかる。

『カリギュラ』
出演:小栗 旬、勝地 涼、長谷川博己、横田栄司、月川悠貴、廣田高志、新川將人、冨岡 弘、塾 一久、青山達三、磯部 勉、若村麻由美/原作:アルベール・カミュ/演出:蜷川幸雄/Bunkamuraシアターコクーンにて11月30日まで公演中。当日券は、開演1時間前より劇場当日券売り場にて毎回発売。
【あらすじ】「人は死ぬ。そして人は幸福ではない」という真理にたどり着いた皇帝カリギュラ。この不条理と戦うべく、権力と暴力の限りを行使し--(画像クリックで拡大)

 ちなみに、このユーロ高のご時世においても、いまだパリのルイ・ヴィトンには日本人観光客が殺到していると聞く。それはなぜか。どうやら「パリで買う」という付加価値が彼らの購買意欲をかきたてているようなのだ。「ルイ・ヴィトン」を「パリ」の「シャンゼリゼ」で買う。つまり大多数の人々は鞄そのものではなく、こうしたラベリングを手に入れるために、わざわざ異国の地で大枚を叩くのだ。

 この現象は、モノの本質的価値を個々人の思考によってではなく「数の理論」、つまりポピュラリティによって決める、非常に日本人的な消費原理であるように思える。今思えば子どもの頃に遊んだ「はないちもんめ」なんて、このポピュラリティの匂いを鋭敏に嗅ぎとるための早期訓練であったように思えてならない(あれは自己主張の激しい欧州の国では、到底成り立たない遊びだ)。

 話を戻すと、今、小栗旬という一人の真摯な役者は、必死にこのポピュラリズムと(それを否定するのではなく受け入れたうえで)戦おうとしている。「俺をラベルではなく、パッケージではなく、中味で判断してくれ! 」そんな心の叫びを全身から放っている。『カリギュラ』の稽古前に取材をしたときにも彼は、自分の虚像を勝手に崇める世間の眼に「疲れちゃったな」と、なかば苦笑していた。