クラウドコンピューティング時代が本格化する

 新しいWeb世界のコンセプトを示すキーワード「Web2.0」が一般社会にも広く受けられてきた。今年、ネットの世界では「クラウドコンピューティング」が一層推進されることになるだろう。

 クラウドコンピューティングとは、インターネットをクラウド(雲)に例え、コンピューターで行う作業をすべてネット上で行えるようにするサービスのこと。グーグル社の最高経営責任者エリック・シュミットよる造語だ。彼がこの用語を作った理由は理解しやすい。グーグル社が推進しようとしているサービスがまさにクラウドコンピューティングそのものだからだ。

 従来は文書作成ならワープロソフト、計算業務なら表計算ソフトというように、それぞれのソフトをパソコンにインストールして利用してきた。そしてソフト本体はパッケージという形状で“物”としてショップで販売されている。ビジネスモデルとしては八百屋さんの野菜と同じだ。

 ところが現在、「Google」は「Google ドキュメント」という、文書作成も表計算も行えるWebサービスを無料で提供している。実際の処理を行うのはインターネットという“雲”の中に存在するグーグル社のコンピューターなのだが、利用者からはネット上で処理されているようにしか感じられない。この感覚がクラウドコンピューティングだ。ビジネスモデルとしては電子広告や電子商取引にあたる。

「YouTube」にはグーグルの最高経営責任者エリック・シュミット自身がクラウドコンピューティングについて説明するによるモルガンスタンレーの講演動画がある。投資家にとってもクラウドコンピューティングの理解が欠かせない時代になった

Webクライアント普及の決め手はバイナリーXML

 クラウドコンピューティングが普及すれば、ソフトのパッケージは不要になる。必要なのは「Internet Explorer」や「Firefox」のようなブラウザだけだが、サービスによってはそれも必要としない。

 先行的な例はアップル社の「iTunes」だ。「iTunes」はアップル社が提供する音楽サイトに接続するためのWebクライアント(Webサービスを受けるためのアプリケーション)。アップル社が音楽サービスの提供にブラウザを使わなかった理由は、従来のブラウザでは著作権で保護された音楽ファイルをダウンロード販売することが難しいことと、ダウンロードされた音楽ファイルを管理できないことだった。

 インターネットを使った商用サービスを確固としたビジネスモデルとするには、「iTunes」のような専用のWebクライアントが欠かせないが、今年はこうした独自のWebクライアントが、続々と登場しそうだ。なぜなら、今年上期にリリースが予定されているアドビシステムズ社の「AIR(アドビ・インテグレーテッド・ランタイム)技術」によってWebクライアントが手軽に作れるようになるからだ。

 そして、専用Webクライアントの普及で問題になるのが、クライアント(ユーザーのコンピューター)とサーバーとの間でデータを転送するための規格であるXML。XMLによる通信は効率が良くないのだ。

 XMLのデータは文章のような可読のコードを利用しており、データ圧縮が施されていない。そのため通信量が無駄に大きく、通信効率を下げている。このデメリットは通信時だけ圧縮する技術によって補われるものの、最初から圧縮されたデータには及ばない。さらに、XMLデータは受信後にその意味を読み解くために「パージング」という処理を行うのだが、この時間的ロスも大きい。

 快適なクラウドコンピューティング環境を実現するには、XMLと同じ機能を持ちながら、XMLより短時間で転送でき、かつ高速にパージング可能な規格が求められる。それが「バイナリーXML」と呼ばれる規格だ。今年はバイナリーXMLが将来どういうふうに展開されるかを決める年になるだろう。

アドビがネットの通信規格を制覇する!?

 現状、ブラウザの通信規格を策定しているW3Cでは、バイナリーXMLに相当する規格を「Web Services のパフォーマンス向上を図る勧告3部作」として提唱している。では、この規格を元にクラウドコンピューティングが推進されるのだろうか? いや、そうならない可能性も大きいのだ。

 強力なダークホースが出現している。アドビシステムズ社が提唱する「Action Message Format 3」、通称「AMF3」がその規格だ。AMF3は、アドビという企業規格にすぎないとも言えるのだが、「YouTube」に代表される「Flashムービー」や、そのプログラム動作を決める「ActionScript」との親和性が高い。しかも、Webで動画を扱うRIA(Rich Internet Applications)の技術分野ではすでにアドビ社が支配的なポジションにあり、そのアドビ社が推進する規格となれば、その影響力はかなり大きい。さらにアドビ社は、私企業規格であるというビハインドを払拭するために、AMF3をオープンソースとした。

 また、AMF3による通信では、さらなるメリットであるプッシュ型通信も実現しやすい。現状のWebサービスは基本的にクライアント側からの要求に応えてサーバーがサービスを提供する形態になっているが、AMF3による通信ではサーバー側から特定のクライアントに適時情報を送り込むプッシュ型のサービスが可能になる。商用サービスにとっては魅力的だろう。

 現状、インターネットの動画サービスはアドビ社の「Flashムービー」がデファクトスタンダードになっている。同様に、今年の終わり頃には、インターネットの通信規格がアドビの企業規格に置き換わっているかもしれない。グーグル社をはじめ、その他の主要企業はAMF3にどう対応するだろうか。そこが今年のネットの技術面での話題の中心になりそうだ。

アドビシステムズ社は昨年12月にAMF3をさらに推進するためにオープンソースプロジェクトとして「BlazeDS」公開した。「BlazeDS」にはクライアントからサーバーのサービスを引き出すリモーティング機能と、サーバーからクライアントに向けてメッセージを送り込むメッセージング機能がある


著者

佐藤 信正(さとう のぶまさ)

テクニカルライター。1957年東京生まれ。国際基督教大学卒業後、同大学院で言語学を学ぶ。小学生のときにアマチュア無線技士を免許をとり、無線機からワンボード・マイコンへ興味を移す。また初代アスキーネットからのネットワーカー。通信機器や半導体設計分野のテクニカルライターからパソコン分野へ。休刊中の「日経クリック」で10年間Q&Aも担当していた。著書「Ajax実用テクニック」「JScriptハンドブック」「ブラウザのしくみ」など。