「クルマとデジタル」というと何を連想しますか? 「うちのクルマにはまだカーナビもついていないし」というあなたは認識不足。実は最近のクルマは、急速にデジタル化を進めているのです。「カー・デジタル」の最前線を、人気自動車ライターの渡辺敏史さんが探ります。


 クルマのカタログをみてもわからない言葉がたくさんあるんだけど--という方は多いんじゃあないかと思います。特にアルファベットで略されたヤツなんてワケわからんって感じですよね。

 そんな難解用語のひとつに「ESP」なんていうのがあります。エレクトリック・スタビリティ・プログラムの略。これ、メーカーによって呼び方はまちまちだから余計にこんがらがっちゃうんですよね。

 たとえばドイツメーカーでもメルセデスやVW、アウディは「ESP」と表記するのに対してBMWはダイナミック・スタビリティ・コントロールこと「DSC」。

 日本メーカーをみてみるとトヨタがビークル・スタビリティ・コントロールこと「VSC」なのに対して日産はビークル・ダイナミクス・コントロールこと「VDC」、ホンダはビークル・スタビリティ・アシストこと「VSA」。

 ……と、もうハチャメチャなわけです。このシステムを最初に開発したボッシュは、これらの名前をエレクトリック・スタビリティ・コントロールこと「ESC」で統一したいと考えているようですが、各々なかなか譲らず、かつてABSが呼称統一されるまでに時間が掛かったように、この紛らわしい話が解決するにはまだまだ時間が掛かるのではと思います。

「ESP」を搭載したメルセデスベンツSクラス。ちなみにメルセデスベンツのすべての乗用車は「ESP」を搭載しているという 「DSC」を搭載したBMW7シリーズ。こちらも日本に入っているBMW車両は全て「DSC」がついているという


クルマがピンチを察知し脱出をはかる

 まぁ名前は違えど、これらのシステムがやりたいことは同じなわけです。要するに、事故が想定されるほどの緊急事態にクルマが陥ったときに、出来るだけ4輪のブレーキやクルマの出力をうまいこと制御して、姿勢を立て直してあげようという。

 たとえばスピードを出しすぎてカーブに入った時や、道端から動物が飛び出して急にハンドルを切った時を想像してみてください。タイヤが接地力を失って鳴りまくり、もうグリップ出来ませーんという状態になった時、車体は重心の一番掛かっている側を軸としてくるりと回転し始めます。これが一番ありがちなスピンの仕組みです。先の例として、左カーブに高速で突っ込んでタイヤのグリップがお手上げになった時は、一番車重が大きくのし掛かっている右前輪を軸にしてスピンの体勢に入ると。クルマを運転している人ならなんとなく思い浮かべられる話だと思います。

 ESP的なシステムというのは、まず車体がこの状況に入る直前の状態を電気的に感知します。ハンドルをどれくらいの角度で切っているのかという舵角センサーの情報や、それに対する速度やアクセルを踏んでいる量はどうなのかという速度センサーやアクセル開度センサーの情報を収集し、それらをABSが使用している車軸センサーを使っての各車輪の回転差情報や、車体の姿勢変化=ESPユニット内に収まるヨーレート&Gセンサーの情報等と織り交ぜて、これはクルマがコントロール不能になるピンチだぞということを総合判定するわけです。

 ピンチ判定が出た時点でESPは、駆動力をアクセル開度を抑えて制限すると共に、各車輪のブレーキを独立して制御します。たとえば先の例の左カーブが曲がりきれないといった状況の際には、最も重心がのし掛かった右前輪の対面にある左輪に強くブレーキを掛けてあげることでそこを軸足とし、左に曲がろうとする力を高めてあげると。それを瞬時に行うことにより車体が不安定になる事態を極力回避しようというのが、このテのシステムの基本的な考え方です。

アンダーステアの場合(左)はコーナー内側の後輪にブレーキをかけて安定姿勢を確保。一方、オーバーステアの場合はコーナー外側の前輪にブレーキをかけて安定姿勢を確保する。(資料提供:ダイムラー・クライスラー日本)

 もちろんこのシステムが効く前提はタイヤのグリップ力が崩壊していないことですから、大雨の日にムチャクチャな運転をしていてもクルマの側がなんとかしてくれるというものではありません。クルマのタイヤなんてあっけないもので、ダメな時には30km/hでもあっさり接地感を失います。ゆえにESP的なものは万能の安全を約束するものではないと理解してください。


欧州での普及率は50%前後。でも日本では……

 が、それを頭に入れた上での予防的安全策として考えれば、このシステムは緊急時に絶大な効果を発揮します。然るべき場所で体感したイメージとしては「なんかよくわからないけど曲がれてた」「ビックリしたけど避けられてよかった」みたいなところです。もしかして俺の腕前のおかげ? と勘違いしてしまいそうですがそんなことはありません。各種電気信号を統合制御する、そのレスポンスは常人の反射神経を遙かに凌駕しています。

 高速走行がある程度は日常的に許されるドイツを筆頭に、欧州各国でのESP的システムの普及率は半分前後にあります。が、渋滞の最中にいた記憶しかないまま一生を終えるような日本車での普及率は、車内のスピーカーや液晶モニターの数とは裏腹で、余計にお金を払うと言ってもオプション設定すらないクルマの方が多いというさんさんたる状況です。

 どんなに気を付けて運転していても、いつ動物が飛び出してくるかなんてことは誰にもわかりません。生き物の命と比べるつもりは毛頭ありませんが、日本車でこのテのデバイスが装着出来るクルマの場合、そのエクストラはバンパー交換より安い概ね8万円前後だと思いますし、装着車を優遇してくれる保険会社も増えています。

 せっかく余計に金払うならよく見える地デジ対応カーナビも欲しいところですが、ここはひとつ、見えない電子制御技術を転ばぬ先の杖として、安心ドライブを愉しんでいただきたいというのがクルマ屋としての僕の密かな想いです。

こちらはメルセデス・ベンツのホームページに掲載されているESPに関する解説ページ

筆者紹介 渡辺 敏史(わたなべ・としふみ)
 自動車ライター。1967年福岡県生まれ。現在の愛車はマツダRX-7とフォルクスワーゲン・ルポGTI。週刊文春にエッセイ「カーなべ クルマ道楽のナビゲーター」を連載中のほか、専門誌・一般誌にクルマ記事を執筆。目下の悩みは4年目を迎えてかなり硬化したRX-7のタイヤ代捻出。16インチの50偏平ならお安く済んでいたものを……。