300人の女性を前に講演するファーストリテイリングの柳井正会長
 「本日の議題に、私ほどふさわしくない講演者はいないでしょう」。カジュアル衣料店ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼CEOは、こんなふうに切り出した。10月末に都内で開かれた柳井会長の講演会のことである。会場には女性ばかり約300人が集まっていた。演題は「Girls Be Ambitious!」。

 柳井会長はまず、自分自身の体験を語った。子どもの頃は“男尊女卑”の発想に染まっていたこと。結婚してからも小売業の経営者という立場上、土日がかき入れ時でほとんど休みを取れず、2人の子どもの授業参観にも行ったことがないこと。妻からは冗談交じりに「私の青春を返して下さい」と言われたこと、などなど。その妻は、柳井会長と結婚する前には通訳として活躍しており、当時会社員だった柳井氏の初任給の3倍は稼いでいたという。

 淡々とした口調で、自分がいかに女性のキャリアを語るにふさわしくないかと話すと、会場は笑いに包まれた。柳井会長と同世代の50代後半の男性は、たいていこういう生き方をしていることだろう。

自分にも部下にも厳しい経営者

 その後話題は、今後企業がいかに女性を活用しなくてはならないか、また、女性が個人としてどのようにキャリアを切り開いていくべきかに移った。柳井会長は「ファッション産業や小売業は、女性が活躍できる可能性が高い産業です。ファーストリテイリングでも今後は、女性幹部の登用を短期間で積極的にやっていく。女性活用は男性活用と同義だと思います」と言い切った。

 企業を急成長させた経営者の例に違わず、柳井会長は自分にも部下にも厳しい。「日経ビジネスアソシエ」では、柳井会長がビジネスパーソンの悩み相談に答える連載コラムを掲載しているが、この記事の中でもその様子がうかがえる。特に、相談者の甘えが垣間見える質問に対しては、「あなたは本当にその仕事をやる気があるのですか。やる気があるのなら、そんな質問はしないのではないですか」といった容赦ない答えが返ってくる。

質疑応答では、会長の真摯な意見が好印象

 若者や女性に対しても手加減せずに本音で応えるスタイルは、講演会でも変わらなかった。それは例えば質疑応答でのこんなやり取りに表れている。

質問者:「(柳井会長は子育ては女性の大事な仕事と言っていたが)妊娠は女性が担うのだから、子育ては男性がやってもいいと私は思います」

柳井会長:「そういうことが向いている男性もいるとは思いますが、一部の人ではないでしょうか。また、仕事を(経営者として)真剣にやろうと思ったら(家庭生活と)バランスを取るのは難しいと思います」

質問者:「仕事か家庭かどちらか一方を選ばなければいけないという発想は、従来の男性が作った枠組みではないでしょうか」

柳井会長:「今日は会場に、僕が一番尊敬している尾原蓉子さんがいらしていますので、この続きは(女性の)尾原さんにお願いします」

尾原:「あなた(=質問者)の言うことは、同じ女性としては分かります。だから、ご自身でそういう理想を実現するような事業体を作るといいと思います。志を同じくする人と一緒に利益だけを追求するのではなく、働きやすい会社を作って成功例を見せればいいと思います」

 通常こうした場で男性経営者は、本音よりも女性の質問者を満足させるような理想論で回答することが多い。しかし柳井会長の場合、たとえ保守的と思われようと、正直に自説を述べるところが逆に好印象だった。

 ところで、柳井会長が最も尊敬する人として会場で紹介した尾原蓉子さんとは、日本で初めてファッション業界に特化したビジネススクール、「IFIビジネス・スクール」の学長である。尾原さんは、夫の転勤や育児などを経験しながら、長期的なキャリアを築いてきた。著書には業界の教科書と呼ばれるものもある。

会長を登壇させた3人の女性社員とは

 この講演会を企画したのは、ファーストリテイリング本部の女性キャリア推進室のメンバーたち(写真)だ。司会を務めた経理部の田中雅子さんは、税理士資格を持つ。田中さんが外資系企業から転職してきて驚いたのは、社内に女性が少ないことだった。「男性社員だけで集まってブラジャーの商品企画について話している。これはおかしい、と思いました」。

女性キャリア推進室の3人。経理部の田中雅子さん(左)は税理士資格を持つ。同じく経理部の秋山水織里さん(中)は大阪で店長経験あり。IR部部長の水澤真澄さん(右)は同社の女性最高役職に就いている1人だ

 田中さん、秋山さん、水澤さんの3人は協力して、柳井会長に働く女性向けの講演をすすめた。最初は渋っていた会長も彼女たちの熱意に押されて承諾、何日も前から講演の草稿を準備した。講演の終了後は懇親会にも最後まで出席し、聴衆との名刺交換に応じていた。同社広報担当によると、柳井会長は通常の会合ではこんなに長く残ることはなく、すぐに帰ってしまうという。今回は出席者の熱意に驚かされ、予想外に長居したのだろう。

 柳井会長がこうした場に姿を現し、女性活用について積極的に口にするようになった背景には経営戦略上の理由が大きい。ファーストリテイリングは2010年にグループ売上高1兆円・経常利益1500億円を目指している。2005年8月期の売上高は3839億円、経常利益は586億円だった。今後5年で倍以上の成長を目指すため、海外出店を増やしグローバル化を加速している。そして本当の意味でグローバル企業になるためには、女性の活用は不可欠だ。

 現在、約700人いるユニクロ店長のうち女性は140人で20%に上る。一方、日本企業の女性管理職割合の平均は、課長級で3%、部長級で1.8%(厚生労働省調べ)。これと比べると、ずいぶん進んでいるように見える。けれども外国企業と比べるとまだまだ少ないのが現状だ。「欧米企業には幹部が女性のところもある。本当の意味でグローバル企業になるために、女性のさらなる活躍が欠かせない」と柳井会長は言う。

 ビジネスの潮流が変わるタイミングを逃さず、積極的に経営者に働きかけ自らの手で会社を変えていく。田中さんを始めとするこれらの動きは、会社と女性の関係がすでに変わり始めていることを示している。

(治部 れんげ=日経ビジネスアソシエ)

筆者紹介 治部 れんげ
じぶ・れんげ。「日経ビジネスアソシエ」記者。1997年日経BP社に入社し、2003年から現職。関心分野は職場のジェンダー問題と男性の家事育児参加。