年度末になると、フェリーや高速船が入出港する宮之浦(みやのうら)港や安房(あんぼう)港では、毎年多くの別れのドラマが繰り広げられる。屋久島での任期を全うした、県の教職員をはじめとする「転勤族」の人たち。中学や高校を卒業し、新天地を求めて都会へと渡る若者たち……。そんな彼らの船出を見送るため、僕たちもこのときは連日のように、双方の港を行ったり来たりする。
そんな島の風物詩ともいえる光景に僕たちが立ち会うのも、今年で早4度目。毎年この時期を迎えると、おのずと自分たちの体験を重ね合わせては、様々な思いが押し寄せてくる。4年前の春に、僕たち一家も同じようにして生まれ故郷の東京を離れ、期待と不安を抱いてこの島へやってきた。宮之浦港に降り立ったあの日、屋久島は穏やかに晴れ渡り、早くも初夏を思わせる、むっとした空気が漂っていたことを思い出す。そのときの情景は少しも褪せることなく、今もなお僕の脳裏に鮮明に焼き付いている。
そんな僕たちも、今となっては島民の一人として、出会った多くの人々を見送る側にいる。年々屋久島に馴染みつつあることを実感すると同時に、まだまだしっくりいかない感覚をも抱きながら、今年も我が子らの学校の先生や妻の職場の同僚、友人や知人など、多くの人たちを見送ることになっていた。
3月最後の土曜日、娘の担任だった先生が一足先に島を離れるというので、我が子らを連れて宮之浦港へ見送りに行った。屋久島は3月の下旬に入ってから思いのほか冷え込み、この日も雨こそ降っていなかったものの、港には冷たい北風が吹き付けていた。4年前に僕たちが上陸したときとは雲泥の差で、同じ季節とはまるで思えない。さらにいつもとは違う光景が、港に展開していた。屋久島の風景にはどうにも調和していない、白とピンクの見慣れない船が入港していたのだ。
「あれが、屋久島丸か……」





