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まもなくして、静かだった森がにわかにざわめき出したかと思うと、楠川歩道の最高点、標高979メートルの辻峠に辿り着いた。白谷雲水峡からの登山者たちが、ここで一息入れていたのだ。ヤマザクラの具合が気になって仕方がなかった僕は、太鼓岩までの急登を一気に登り詰める。息を切らしながら天空に突き出た岩上に躍り出ると、九州最高峰・宮之浦岳(1936メートル)をはじめとする屋久島の主峰群が目に飛び込んできた。それだけでも十分満足のいく景色だが、問題はヤマザクラだ。深い谷を見下ろすと、新緑の木々とヤマザクラが不規則に敷き詰められ、緑とピンクをベースに色彩豊かなモザイク模様を描いていた。まるで絵画のような素晴らしい風景だが、2年前に見たそれに比べると、ピンクの色合いにまぶしさが足りない。やはり前日に島を吹き荒れた強風が、まばゆかったはずのピンク色をかき消してしまったのだろうか……。

贅沢をいえば切りがないが、眼前に展開する春の山岳風景は、誰もが「ヤッホー!」と叫びたくなるほどの絶景で、しかもこれほど爽快で穏やかな天気は、殊に雨の多い屋久島ではそう何日もあるわけではない。そんな奇跡ともいえる景色を前に、ひっきりなしにやってくる登山客の邪魔にならないよう、太鼓岩の端っこに腰を下ろす。一歩間違えば転げ落ちてしまいそうな場所で弁当を広げ、途中で汲んできた山水を沸かしてコーヒーを淹れると、まさに別天地での花見を楽しんだ。

今年は開花の時期が早まったことで、せっかく子供たちの春休みと重なったのだが、息子の骨折が完治していない以上、連れて来るわけにはいかなかった。来年はどうだか分からないが、いつの日かドンピシャのタイミングで、家族そろってここを訪れたい。そんなことを考えながら、春の絶景が広がる太鼓岩をあとにした。

菊池 淑廣(きくち・よしひろ)

1969年、東京生まれ。1993年にスポーツウェアメーカーに入社。一貫して広告宣伝の仕事に携わり、自ら撮影、コピーライト、デザイン制作までマルチにこなす。

2005年4月、家族共々屋久島へ移住。それと同時に広告事務所「屋久島メッセンジャー」を設立し、雑誌やウェブサイトなどを通じて屋久島の情報を発信しながら、広告プランニング、撮影、コピーライト、ロケ・コーディネートなど、幅広く活動している。著書に「屋久島で暮らす あるサラリーマンの移住奮闘記」(山と溪谷社)。

ブログ「フォトライター菊池の屋久島移住ライブ日記」も公開中。

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